第211話 ループする通路
辺りに散らばるオートマタの残骸を見渡したジャクリーヌは、満面の笑みを浮かべてトールとハイタッチをした。
数多の鋼鉄のオートマタどもを、たちまちのうちに、単なる赤い鉄くずと化したトールの剣。
彼女は、その実力を改めて実感した。
さすが、帝国一の武器職人が鍛えた優れた剣である、と。
これなら、あの魔王相手でも刃こぼれがしない、と。
ジャクリーヌは、茫然自失して立ち尽くすマリアンヌに歩み寄った。
自身が全力を挙げて製作したオートマタが、たった数分で、すべて破壊されたのだ。
彼女は、その事実を突きつけられ、地面にへなへなと座り込んだ。
そして、最高傑作のジジ人形の無残な姿に目を落とす。
「さあ、マリアンヌ。貴様のおもちゃは、全て破壊し尽くしたぞ。これ以上の無駄な抵抗はやめて、大人しく投降しろ」
ジャクリーヌは、敗者の顔に剣先を向けて、降伏を迫った。
「投降しろ? それは無理ね」
顔を曇らせてもまだ美貌が余りある彼女は、力なく首を左右に振った。
「まだ抵抗する気か?」
「しないわよ。全部壊されてしまったから、これ以上、何もできやしない」
「じゃあ、なぜ投降が無理なんだ?」
「敗北すると消えることになっているから」
マリアンヌは、ため息交じりに謎の言葉を口にして、長身の背中を丸めた。
すると、彼女は煙のように消えていった。
ジャクリーヌもため息をついて、肩をすくめた。
「敗北すると消える? 連中は、一体どうなっているんだ?」
その時、ヒルデガルト達が「「摘出完了!」」と声を揃えて喜びの声を上げた。
それを聞いたジャクリーヌは、ヒルデガルトの所へ駆け寄り、安堵の胸をなで下ろした。
彼女は、敵に時間を与えないため、まだ治療中のヒルデガルト達を含めた五人にジャック、ルイーズ、ブリジットの護衛三人をつけて、残りの十一人で出発した。
彼らは警戒しながら、薄明かりのこぼれる扉をくぐり抜ける。
すると、そこは横穴だった。
高さは2メートルほどで、穴はほぼ円形をしている。
ところどころ、松明が置かれていたが、途中からそれもなくなり、真っ暗になった。
一行は、壁を触りながら、慎重に歩みを進める。
トール達が、強化魔法で光を纏っているとは言え、提灯や松明代わりにはならないので、どうしても手探りの行軍となる。
どうやら、この横穴は、右へなだらかにカーブしているらしいことがわかった。
壁を触りながら歩くと、まっすぐではないのだ。
このカーブは、いつまでも続く。
まるでループでもしているかのように。
途中、割と急な上り坂と下り坂があったが、それ以外はほぼ平坦な道のりだった。
しかし、このカーブはどこまで続くのだろう?
これは罠なのか?
先頭を行くジャクリーヌの顔は、焦りの色が隠せない。
しばらく進むと、右斜め前から薄明かりが見えてきた。
光の色と揺らめき具合から、松明のようだ。
さらに、ザワザワと話し声が聞こえてきた。
ジャクリーヌは、その会話に聞き耳を立てる。
しばらく耳を澄ましていた彼女だが、突然、小声で笑い出した。
アンリは心配になって、笑いが止まらない彼女の肩越しに声を掛ける。
「マスター。何がそんなにおかしいんですかい?」
「ああ、アンリ。聞いて驚け。この先に知り合いがいる」
「知り合い? ま、まさか、白ファミーユ!?」
「いいや、味方だ」
「味方? 敵に捕まったんですかい?」
「行けばわかる」
ジャクリーヌは笑いのスイッチが入ったまま、ずんずんと歩幅を広げて歩いて行く。
アンリ達は、それまで慎重だった彼女が、突然、唐突な行動を取る理由が全く理解できなかった。
しかし、暗闇に取り残されるのは御免なので、慌てて彼女の後を追った。




