第203話 劫火に包まれた迷宮
マリー=ルイーゼは、ジャクリーヌが自分の後ろに下がって、全員が伏せたことを確認すると、右足を前にして腰を低くした。
そして、両腕を目一杯伸ばして、手のひらを前に向ける。
「劫火!!」
彼女が魔法名を高らかに叫ぶと、直径2メートルもある深紅の幾何学模様と古代文字の魔方陣が現れた。
そして、魔方陣と同じ太さの火柱が、重低音を伴って緑の壁に噴射された。
この世のものとは思えないほど赤々と燃える炎が、壁を舐める。
猛火を浴びた壁は、メラメラと燃え始めた。
その燃える音の中から、木々が悲鳴を上げているかのような声がする。
彼女はさらに力を込めて、右に左に火柱を向け、次々と壁を焼き尽くす。
緑が燃える。
まるで、森林火災を目の当たりにしているようだ。
壁が焼け落ちると、奥の方にある迷宮の壁が見えてきたが、それも焼き払われた。
ゴーレムの姿も現れた。
背丈は4メートルほど。
奴らは、炎の中を右往左往している。
マリー=ルイーゼの放つ火柱は、3分間続いた。
この火炎地獄で、迷宮のほとんどが焼け落ちた。
彼女は、力尽きて、膝を折る。
ジャクリーヌは、彼女を支え、「水薬を5本!」と叫ぶ。
イヴォンヌは、背中の袋から水薬を取り出してジャクリーヌに手渡した。
ジャクリーヌがマリー=ルイーゼを介抱していると、ゴーレムがこちらに向かってドスンドスンと近寄ってきた。
三体いる。
アンリは、マルセルの後ろで、震えながら言う。
「確か、マノン・ドゥ・ルベーグのゴーレムは、斬っても再生するし、叩き壊しても再生するよな」
「ああ。その通り。ってことは――」
マルセルは、アンリを振り返った。
「ってことは?」
「ゴーレムのご主人を探し出して、叩くしかないだろ!? アンリ、オデット、ついて来な!」
マルセルは、アンリとオデットの手を取り、立ち上がった。
「おいおい、マルセル! 当てはあるのかよ?」
「なーに。マノンの奴がゴーレムを操るときは、必ず、近くにいるって! いいから、あたいを援護しな!」
マルセルは、雄叫びを上げながら、三体いるうちの真ん中のゴーレムに向かって突進する。
アンリ、オデットも、遅れまいと彼女を追いかけた。
ゴーレムは、マルセル達が突進してくるのを見て、右腕を大きく振り上げる。
しかし、マルセルはそれに臆することなく、ゴーレムの股下をスライディングした。
オデット、アンリも真似して彼女に続く。
ゴーレムの拳は、アンリが通り過ぎた直後に振り下ろされ、床が大きく揺れた。
マルセルは、スライディングの姿勢からヒョイと立ち上がる。
「ほら、いたぜ!」
彼女は、焼け落ちた壁の陰に人が隠れるのを見つけ、猛追した。
壁の後ろでは、杖を持ったマノン・ドゥ・ルベーグと、同じく杖を持ったセシル・ドゥ・エルミートが待ち受けていた。
彼女達は杖で必死に防戦するも、魔術師オデットが魔法で強化したアンリとマルセルに最後は倒され、二人の杖は折られた。
すると、ゴーレムも壁の残骸も煙のように消え、床に倒れていた二人も消えた。
マルセルが床に剣を突き立てて、アンリに詰め寄る。
「アンリ。お前、あいつを本当に斬っていないよな?」
アンリは、剣を肩に乗せながら答える。
「マルセルだって、斬っていないだろ?」
「ああ、気絶させただけ」
「俺も同じ。あの杖さえ折ればいいから」
「なのに、なんで消えるんだ?」
「知らねえぜ。また復活しないよな?」
とその時、彼らの近くで、扉がギギギギギーッときしみながら開いた。
同時に、大量の光が放出された。
見ると、宙に浮いた扉が開き、その中が目映いばかりの黄金色に輝いている。
「マスター。どうしやす? 扉だけが宙に浮いて、なんかおかしくないですかい?」
アンリが後ろを向いて呼びかけると、ジャクリーヌ達がゾロゾロと近づいてきた。
「招きに応じるしかないだろ?」
ジャクリーヌは、歩みを止めずに扉の中へ入っていった。




