第202話 迷宮に彷徨うゴーレム
ルテティアから応援に来ていた魔法組合から、嬉しい提案があった。
幅5メートルのマグマの穴を超えるため、橋を架けると言う。
もちろん、ジャクリーヌは笑顔で同意した。
彼らの団結力は、実に見上げたものだ。
手際よく魔法を組み合わせることで、あれよあれよという間に、立派なアーチ型の橋をこしらえた。
横幅は3メートルほどなので、三人は並んで歩ける。
トールと治療中の三人を除いた十五人が、ジャクリーヌを先頭に橋を渡る。
ここで、ヴェルサイユの魔法組合が、ジャクリーヌ達のしんがりの警護を申し出た。
しかし、闇の向こうで、白ファミーユが全力で妨害に来ているのは明らか。
相手はS級ランクで危険なため、ジャクリーヌは、志願したA級ランク以下の彼らに扉周辺での待機を指示した。
奥の方からの音は、相変わらず続いている。
ところが、その音は、ジャクリーヌ達が近づくにつれて静かになり、やがて彼らの足音だけになった。
息を潜めて、様子を窺っているのか。
ジャクリーヌは、ここから先は罠であることを感じ取った。
全員で突入するのは危険である。
そこでジャクリーヌは、自分、マリー=ルイーゼ、イヴォンヌ、マルセル、オデット、アンリの六人を先発隊として選び、その順番で一列になって闇の奥へ入っていった。
残り九人は、その場で待機となった。
一行が慎重に歩を進めていると、突然、天井に満月が出現した。
漆黒の闇の中で月明かりが降り注ぐと、電球が付いたかのように明るく見える。
今はまだ朝だ。明らかに魔法の仕業である。
ジャクリーヌは、手探り状態の戦いを覚悟していただけに、明かりをつけてくれたことにホッとした。
彼女は、敵は塩を送ったのだろうか、と怪しんだ。
そこは、左右が植物の壁に挟まれた一本の道だった。
壁はツタの葉だけではなく、何かの常緑樹の葉でびっしり埋まっている。
その高さは、4メートルほど。
挟まれた道は、人二人が並んで通れる幅。
みずみずしい緑の匂いが鼻腔をくすぐるが、ここは森ではない。
魔法による大がかりな造形である。
いつの間にか、一行の最後尾には緑の壁が立ち塞がり、退路を断たれていた。
前進しかできない。
数メートル先は緑の壁だが、影の具合から丁字路らしい雰囲気がある。
ジャクリーヌは右手に剣を持ち、ソッと足を踏み出した。
すると、遠くでドスンと音がした。
呼応するように、壁の無数の葉っぱが、ザワザワと不気味な音を立てて揺れる。
ゴーレムが動き出したらしい。
彼女は歩みを止めた。
重い足音が複数、あちらこちらで聞こえ、音が大きくなっていく。
どうやら、侵入者に向かって近づいて来るらしい。
ここでマリー=ルイーゼに、妙案が浮かんだ。
「マスター。この迷宮の奥へ進んだら、ゴーレムに追いかけられるだけです。挟み撃ちになるかも知れません。さらに、逃げているうちに、迷路の中で全員がバラバラになっては危険です」
ジャクリーヌは、後ろを振り返る。
「じゃあ、どうする? 退路は断たれたぞ」
「マスターは私の後ろに下がって。全員、伏せてください。この迷宮は、所詮、一人の魔法でできたもの。ならば、一か八かやってみます」




