第200話 魔弾のスナイパー
「束縛!!」
マリー=ルイーゼが魔法名を叫ぶと、彼女がたぐり寄せたリボンは、マグマで満ちた穴へ落下するトールめがけて、超高速度で伸びていく。
その先端は、彼の腹の周りを3周ほど回転して、固くギュッと締め付ける。
と同時に、彼女は杖を勢いよく振り上げた。
マグマに後50センチメートルにまで迫った体が、リボンとともに一気に空中へ跳ね上がった。
そして、彼は放物線を描いて、彼女の後ろへ落下。
まるで鰹の一本釣りだが、命に関わる事態なので、過程での格好など気にしていられない。
地面に転がったトールは、叩きつけられて「痛ってー!」とか言うかと思いきや、筋肉はピクリともしない。
ヒルデガルトが目の色を変えて駆けつける。
ジャクリーヌがポアソン魔法組合から引き抜いた、回復魔法が得意なルイーズ=アンジェリーク・クロミエとシルヴェーヌ・ヴェルドロも、自分たちの出番とばかり駆けつける。
「息をしていない!」
ヒルデガルトは青ざめた。
と突然、闇の向こうから、男が高笑いしながら、ゆっくりと姿を見せた。
だらんと下げた両方の手には、銃身の長い拳銃が握られている。
軽火器を魔法で扱うジャック・ドゥ・カミュだ。
ジャックは、床に散らばった壁の破片を忌々しそうに蹴りながら、拳銃を構えた。
「ハハハ! 魔王様がお作りになった魔弾は、さすが天下一品! 世界最強の男なぞ、たわいもないわ!」
彼は、勝利に酔い、嗤いながら二挺拳銃を連射する。
横殴りの雨のような凶弾は、すべてジャクリーヌの前で弾き飛ばされた。
彼女は、トールが狙撃された直後に防御結界を張っていたのだ。
「ハハハ! 姉さんは、これで一歩も動けない。僕の銃は魔弾が尽きないことはご存じでしょう? さあ、どうしますか? ……おっと、君達も動いてはいけないよ!」
嗤うジャックは、ジャクリーヌの周辺に向けて銃を乱射する。
マリー=ルイーゼ達は、素速くジャクリーヌの背後に隠れた。
ようやく黄色の人型魔物を殲滅し終えた魔法組合のメンバーは、流れ弾に当たらないよう地面に伏せた。
舌打ちするジャクリーヌは、地団駄を踏む。
「奴は本当に、魔力が尽きるまで連射する。どうすれば……」
とその時、彼女の後ろでイゾルデが「私に任せて!」と声を上げた。
「絡まるツタ!」
彼女は魔法名を叫びながら、右手を高く上げ、左膝をついて、左手で地面を勢いよく叩いた。
すると、彼女の左横に緑色に輝く幾何学模様と古代文字の魔方陣が現れた。
そして、そこから10本以上の太いツタが、シュルシュルと風を切る音を立ててジャックめがけて伸びていく。
彼は仰天して、ツタめがけて銃を連射した。
弾丸が命中した2、3本は途中で折れたが、残りのツタは、あっという間に彼の首、両腕、胸、胴、両足をぐるぐる巻きにした。
「うぬぬ! ……は、離せ!」
彼は苦悶の表情を浮かべ、抜け出ようと、もがきにもがく。
しかし、鉄の鎖のように硬いツタは、完全に彼の抵抗を封じた。
もがけばもがくほど、ツタが食い込んでいく。
彼の顔面は、毛細血管がはち切れそうなほど血液が充満し、真っ赤に染まった。
だが、イゾルデは、トールを凶弾で倒した恨みを晴らしたい一心で、さらに力強く地面を叩く。
すると、魔方陣から追加のツタ10数本が、飢えた獣のようにジャックへ飛びかかった。
それらは、ツタの上からさらに固く巻き付き、ギリギリと音を立てて締め上げていく。
「ぐ、……ぐあっ!!」
ツタの内側で骨が折れる鈍い音が連続したかと思うと、ジャックは膝を折り、うつ伏せになって倒れた。
数秒後、彼は落とした二挺の拳銃とともに、煙のように消え去った。




