第20話 一足遅れてきた怪しい訪問者
さて、辻馬車が去ってから1時間後のこと。
「村長。黒いマントを着た一行が来ましたぜ」
炎天の下、自宅の裏庭で薪を割っていた村長のプンペンマイヤーは、走り寄ってきた若い従者に声をかけられた。
彼はその言葉を耳にすると、従者を一瞥して深いため息をつき、右手の袖で額から吹き出していた汗を強く拭った。
「まったく、今日はよそ者が次々と現れるな」
「ほんと、『神に遣わされた子』が現れてからっていうもの、賑やかですぜ」
「仕方ない。……相手をするか」
プンペンマイヤーは、うっとうしいという顔をして頭を左右に振り、斧を放り出した。
そして、従者をもう一人呼び寄せて、二人を従えて訪問者へ嫌々ながら会いに行った。
黒いマントを着た一行は、馬にまたがった二人組だった。
まるで喪服のように、帽子、シャツ、ズボン、靴とも、上から下まで黒ずくめの装いである。
一人は、面長でつり目。横にピンと伸びた細い髭と尖った顎髭を持ち、肩まで掛かる長髪の上につば付きの三角錐の帽子をかぶった、見るからに怪しい魔法使い風の人物。
もう一人は、まん丸顔で目が細い。髭はなく、スキンヘッドで無帽。こちらも見るからに怪しい人物だ。
二人とも、耳は上に尖っているのではなく、横に長く尖っている。
尻尾はない。
どうも、エルフのようだ。
ローテンシュタイン帝国の住民には、ごくわずかにエルフが混じっている。
プンペンマイヤーは、相手の服装から察するに、面倒な奴が来たと思いつつ、その気持ちを隠さず、言葉のイントネーションに含ませて問いかける。
「村長のプンペンマイヤーだ。いったい、この村に何のご用がおありかな?」
髭の男は馬にまたがったまま、降りようとしない。
この国では、初対面の場合、馬から下りるのが礼儀だ。
だから、こういう態度は、実に非礼。
プンペンマイヤーは、歯ぎしりをする。
髭の男は、右手でトレードマークの顎髭の形を整えるように触りながら、ニヤニヤして切り出す。
「ここに強い魔力を持った奴がいるはずだが」
「ああ、あの子供ですかな?」
「子供?」
「左様」
「ほお、子供だったのか」
「それがどうかしましたかな?」
「そいつに会わせていただきたい」
「あいにくだが、先客が連れて行ったから、ここにはもうおらん」
髭の男は、プンペンマイヤーらに聞こえないように舌打ちする。
「で、どこへ連れて行った?」
「場所までは聞いておらん」
すると、スキンヘッドの男が「いや、そいつは知っている」と言う。
プンペンマイヤーはドキッとした。
髭の男は、あからさまに強い威嚇を顔に現す。
「貴様。隠すと、ためにならんぞ」
「いや、本当に場所は聞いておらん。皇帝陛下のところへ連れて行くと聞いておるが」
髭の男は、スキンヘッドの男を見やる。
すると、そいつは馬にまたがったまま髭の男に近づいてきて、小声で長々とささやく。
男は、うなづきながらそれを聞き終えると、不気味な笑いを浮かべた。
「なるほど、あいつらに先を越されたか。貴様、『あのとんでもない奴ら』に渡してしまったな」
プンペンマイヤーはひどく困惑し、狼狽の色を見せた。
男は、それがいたく面白いという顔をする。
「その顔、熟慮が足りなかったと思っておるだろう? 大いに後悔せよ」
黒マントの二人は、馬の向きを正反対方向へ変えると、思いっきり馬の腹を蹴り、一気に馬車の後を追った。
後には、もうもうと土埃が舞った。
プンペンマイヤーは、マントをコウモリのようにはためかせて去って行く二人が消えるのを見届けると、冷や汗混じりにつぶやいた。
「あの禿げ頭、心を読む魔法を使う。危ないところだった。もし、あの辻馬車とか老人とか青年を思い浮かべていたら、それらをそっくり読まれていたところだった」
すると、村長の右隣にいた従者がブルブル震えながら謝った。
「申し訳ねえだ。おら、あの辻馬車とか老人とか青年を思い浮かべてただ」
今度は左隣にいた従者も震えだした。
「村長、俺も思い浮かべてましたぜ」
二人の懺悔を聞いて、プンペンマイヤーは両手で頭を抱え、左右に振った。
「だから、『あのとんでもない奴ら』って言ったんだな」
彼らが今できることは、辻馬車の一行の幸運を祈ることしかなかった。
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