第2話 最悪の魔物現る
熊だ!
栗色の巨大な熊が這い出てくる!
自然界の熊ではない。魔界の熊だ!
奴は顎まで出たところで、神を威嚇するかのように、口を天上に向けてカッと開く。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
天を突き刺すような鋭い雄叫びは、大気を引き裂き、耳を押さえる者の全身をも痺れさせる。
魔界の熊は、さらに腕に力を入れて首まで外へ出した。
しかし、両肩が出るには穴が小さすぎる。
そこで巨体の力を利用して穴を内側から広げようとする。
その強引な登場に、穴の周りがミシミシ音を立て、無数の亀裂が入る。
厚い岩が、まるで薄い紙のように破れていくのだ。
そして両肩、胸、腹、いよいよ腰まで出てきた。
辺りを一瞥するそいつは、目に飛び込んできた無数の手下の骸に怒りが頂点に達したようだ。
赤黒い邪気が、メラメラと音を立て、全身をくまなく覆う。
これは、マジでヤバい。
ヤバすぎる。
ラスボスにしては特大級だ。
魔界の熊は左足を穴からグググググッと抜いて、苛立ちを露わにし、渾身の力を込めて地面を踏みつける。
立っていられないほど揺れる大地。
波打つ岩石。
ビリビリと振動する大気。
そして右足もグググググッと抜いて地面に叩きつけ、大音響と振動の中、ついに奴は両足で立ち上がった。
三階建ての屋根付近に頭がある、巨大な熊。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
そいつは全身の邪気をさらに強烈に発散し、雷鳴のような雄叫びを上げた。
最悪の魔物が地底から這い出てきたのである。
目は赤く燃え、岩をも噛み砕くような太い牙の間からチロチロと炎が漏れ、吐く息は白煙となる。
口角がわずかにつり上がって見えるのは、不敵な笑いか。
魔物は、時々ボウッと炎を試し吹きしながら、首をゆっくり左右に振る。
火炎を吐きかける相手を求めているのだ。
邪気の塊となった魔物は、まだ首を左右にゆっくりと揺らしながら、腸に怒りを巡らし、斃すべき敵を血眼で捜す。
奴は、心の中で怒りを露わにする。
(息をする者は誰もいないではないか!
さっきまで、ちょこまかと逃げ回る、こざかしい小動物の気配があったはずなのに!
魔法を操る餓鬼どもと黒猫がいたはずなのに!
奴らめ、何処へ消えた!?
落下した岩石の下敷きにでもなったのか?
体を丸めて器用に岩陰に隠れているのか?
それとも)
どこまでも広がる灰色の大地と屍の山は、隠れている者は何処への問いに沈黙する。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
独り残されたラスボスは苛立ち、カッと口を開いて腹の底から吠えながら、ところ構わず憎悪の炎を噴射する。
その炎は容赦なく大地をなめ回し、後に残るのは高熱で焦げた石また石。
奴は前へ歩み出した。
体を動かす度に、栗毛の下に隠れているたくましい筋肉がムクムクと波打つ。
一歩一歩踏み込む度に、地面が脈打ち、小さな岩が飛び上がり、横たわる死体が向きを変える。
とその時、そいつの背後、およそ30メートルくらい後ろの大岩の陰から少女の甲高い声がした。