第197話 水は透明とは限らない
またもや取り囲まれた者達は、ヒルデガルトの声を聞いて、先ほどと同じく慌ててしゃがみ込む。
今度は、何の魔法で反撃するのか?
彼らの期待は高まる。
ヒルデガルトは、右端にいた魔物達に向かって両手を伸ばした。
そして、手首から先を、つぼみが開いて花になった形のポーズを取って、魔法名を力強く叫ぶ。
「放水砲! 黄色バージョン!」
すると、彼女の手の先に、直径1メートル以上の黄色に輝く幾何学模様と古代文字の魔方陣が出現した。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
腹に響く重低音を残して、魔方陣から大型放水車の放水のように大量の水が放出した。
それがいつもと違う。
水が、黄色なのだ。
強烈な黄色の水流は、太い円柱となって空中を直進し、右端の数人の魔物を小石のように吹き飛ばす。
彼女は、その水流を左方向へ移動させ、左端の魔物まで、2秒間で全員を吹き飛ばした。
魔物達は、自分が這い出た穴を遙かに超えて、地底の壁付近まで転がっていく。
中には、絶命したのか、光の粒となって消える者もいた。
しかし、まだまだ残っている彼らは、全身が真っ黄色になった状態で、ヨロヨロと立ち上がった。
「お嬢ちゃん、よくやった! これで区別が付く! いくぞ、皆の者!」
魔法組合のメンバーの中にいたマスターらしい老人がそう叫ぶと、全員が鬨の声を上げて立ち上がり、一斉に剣を黄色い魔物に向けて突進した。
「よし! 雑魚は彼らに任せて、うちらは正面突破だ!」
ジャクリーヌは、再び濃い紫の煙に見える壁の方を向いた。
しかし、強烈な熱気を放出させる地下のマグマを前にして、足が踏み出せない。
攻めあぐんでいるジャクリーヌを見たトールは、ここで一つの策を思いついた。
「マリー。例のリボン、出して」
指名されたマリー=ルイーゼは、その言葉で、トールが何か良い策を思いついたと判断し、軽く頷いた。
彼女は無詠唱で、五本の指をいっぱいに広げた右手を高く上げ、「魔法の杖!」と叫ぶ。
すると、右手の先に、黄金色に輝く幾何学模様に古代文字の魔方陣が現れた。
それから、長くて白いリボンの付いた黒光りする棒が、その魔方陣から生み出されるようにゆっくりと出現する。
彼女はそれを手にするまでに、トールがどんな策を思いついたのか、気づいた。
「もしかして、このリボンを腰に結わいて――」
「そう。向こうへ飛んで、拳で壁をぶち壊したいんだ。雷じゃ無理。壊れなかった場合、穴へ落下するから、落ちる前にリボンで引っ張って」
「ゴムみたいに、いかないよ」
「じゃあ、その杖を斜め上に伸ばして、上から吊せる? 釣り竿のように」
「無理」
「なら、一か八かだけど、お互い一発勝負でやるかな。つまり、僕が壁をぶち壊せなかったら、思いっきりリボンを引っ張って、こっちまで戻してくれる?」
「うーん……。かなり、リスクが――」
彼女はそう言いかけて、さっきから自分が否定ばかりしていることに気がついた。
これでは、トールが思い切って力を発揮できないではないか。
ダメダメ言うのは、慎重なのではなく、弱気である証拠。
彼女は自分を戒め、前向きな気持ちに切り替える。
「リスクが高いかも知れないけど、やってみるよ! 任せて!」
「うん。体が折れそうになるくらい、全力で引っ張ってくれていいから。落ちて溶けてしまうよりましだからね」
彼は、だけど冗談でも落ちないよ、と自信に満ちた顔で笑った。




