第195話 扉の向こうは金城湯池
ジャクリーヌは、剣を頭の右に構え、鋭い切っ先をフランソアの顔へ向ける。
剣がまるで雄牛の角のようだ。
そう。これがいわゆる、牛の構えである。
彼女は、眉根を寄せ、鷲のように鋭い眼光で敵を射すくめる。
「フン。魔王以外は雑魚だ。四年前もそうだっただろう?」
「四年前? 一緒に戦ったあの当時のことかね? 確かに、あの頃の君は強かった。魔王様の幹部を斬り捨てても、刃こぼれ一つしなかった。でも、その剣は途中で折れただろう?」
「あれは、アネモネ・ロワのせいではない。あたしが急がせたからだ。剣の鍛え方が中途半端のまま臨んで、一太刀で折れた。だから、あれは、あたしのせいさ」
「その、人のせいにしないところは、褒めてやろう」
「今度のこの剣は、彼女にあの時より格段に強く鍛えてもらったから、決して折れることはない。だから、魔王以外は雑魚だ」
「おやおや。自分を基準にものを言っている。リーダーとしては失格だな。仲間の力量の視点に立ってものを言わないと、間違った指示になる、私は白ファミーユを雑魚とは認めないが、君には雑魚みたいな相手でも、君の仲間にはちっとも雑魚ではないのだよ」
「そうやって仲間の士気を低下させる作戦だろう? 姑息なやり方だ」
「いやいや、一般論だ。リーダーが自分の視点でものを言い出した途端、仲間がついて行けなくなる。すると、誰もついて来れないから、自らプレイングマネージャーにならざるを得なくなる。……さて、今から、もの凄い数の部下をここに呼ぶが、全部雑魚とは言えない力を持っている。君の仲間には手に負えないはず。さて、君一人で倒すのかね?」
とその時、白猫ブルバキが「発動されるぜ」と囁く。
フランソアは、右手を動かし始めた。
「ゴチャゴチャとうるさい! 問答無用! 稲妻!」
ジャクリーヌが強く魔法名を叫ぶと、彼女の構えた剣の先に輝く魔方陣が出現した。
そして、そこから横向きの稲妻が、雷鳴を轟かせて発射された。
「防御!」
フランソアは魔法名を叫んで、左手で白猫ブルバキを抱えたまま、すでに動かしていた右手のひらを素速く前に突き出した。
瞬時に彼の手の先で出現した魔方陣が、稲妻をかき消した。
さらに、白猫ブルバキが「来るぜ」と囁く。
フランソアは、右手で指をパチンと鳴らした。
と同時に、ジャクリーヌは、剣を構えた体勢で飛びかかった。
しかし、フランソアは瞬時に消え失せた後だった。
ジャクリーヌは、フランソアが立っていた位置の空気を切り裂き、剣を床に突き刺す。
「畜生! あの猫め!」
「マスター! 怪我は!?」
アンリが心配そうに彼女の元へ駆け寄り、顔を覗き込んだ。
「怪我はないが、あの畜生猫にやられた! 忌々しい!」
「ああ、あの白猫に先読みされたんですかい? 相手の行動の先が読めるから、仲間だった昔は重宝したのに、敵に回すとやっかいですぜ」
「ああ。そうだな。フランソアとあの猫を切り離さない限り、絶対勝てないな」
「マスター。『絶対』ってのは、やめましょうぜ。マスターにそう言われると、俺ら、勝てる気がしませんぜ」
「すまん」
「じゃ、あの煙の中へ、いざ突入、といきやしょう!」
アンリは勇ましい声を上げ、濃い紫の煙に向かって前傾姿勢で突進した。
しかし、ガンという大きな音がして、アンリは目を罰点にし、額を押さえながらよろめいた。
「な、な、なんだこれは? 煙に見えるが、壁かぁ!?」
マルセルがそばに駆け寄って、その煙を上下左右になでる。
「確かにこれ、煙じゃない。ガラスみたいに冷たいよ。壁の模様が煙のように動いているってこと?」
二人は、首をかしげた。
とその時、彼らの足下がグラグラと揺れ始めた。
それは、床が波打つのではないかと思えるほどで、尋常ならぬ揺れ。
「撤退! 扉の外に出ろ!」
ジャクリーヌのかけ声で、全員が扉の外へ出た。
すると、揺れていた床の部分が、どんどん地下へ沈んでいく。
揺れは止まらず、5メートル四方の穴が、奈落のように口を開けた。
正面は煙に見える壁。
左右と上は、煙と同じ色だが、こちらは明らかに壁。
突入するための足場が失われ、一同は失意に沈む。
ジャクリーヌ達が、様子を見るため穴を覗き込んだ。
と突然、10メートルほどの深さの底に、赤と黄色がドロドロに混ざったようなものが一気に流れ込んだ。
眼底が痛くなるほどの強烈な光。
肌が焼け焦げるような放射熱。
彼らはたまらず、後ろへ反り返った。
すると、全身を揺さぶる振動を伴いながら、ドロドロの塊が上昇してくる。
これは、マグマだ。
突入を阻む壁とマグマ。
魔界の守りは、鉄壁になった。




