第194話 決戦の朝
翌朝、トールとマリー=ルイーゼとシャルロッテは、ポー武器店で鍛え上げられた剣を受け取った。
昨夜、騎士長のジゼル・ジョルダンから「アネモネ・ロワが鍛えた剣は、見た目は何も変わらないけど、敵を斬るときに何倍も力が出て、ゾクゾクする」と聞かされていた。
確かに受け取ると、何もしていないのではないかといぶかしがるほど、剣に変化がない。
アネモネ・ロワは、ムッとして吐き捨てるように言う。
「みんなそうやって、ボケーッと剣を眺めるけど、全く生まれ変わっているからな! 代金1000ルゥ・ドゥオールは、三日以内に払ってもらうぞ!」
トールは、一応「はい」とは答えたが、日本円に換算して1000万円である。
彼が剣を持つ手は、小刻みに震えた。
朝8時30分。
武装したジャクリーヌを先頭に、十九人は足取りも勇ましく、墓場へと向かった。
よく考えると、墓場へ勇ましくとは滑稽だが、彼らは気にしない。
もちろん、皆の強化魔法や防御魔法、トールはさらに指輪の装着も抜かりがない。
水薬や、おまけの化粧品等は、イヴォンヌとイゾルデの背中の袋にある。
今魔物の大群に襲われても、大丈夫なほど準備万端だ。
親衛隊と騎士団は、早くても夕方到着らしいので、援軍はルテティアとヴェルサイユの仲間のみ。
総勢およそ五十人が、例の2つの穴から5分で駆けつけることになっている。
ポアソン魔法組合のマスターであるオカマのジャン=ジャック・ポアソンは、足下を見て契約金額をつり上げるので、ジャクリーヌの方から援軍を断った。
ただし、万一、魔物に突破されてガルネの町が襲撃されたときは、ポアソン魔法組合が無償で防衛することになった。
一行は、何の抵抗も受けずに、魔界への扉の前へ到着。
すでにルテティアとヴェルサイユからの魔法組合の援軍が穴から抜け出ていて、異様な魔界の扉を眺めながら、ガヤガヤと話し合っていた。
ジャクリーヌは、魔界の扉を背にして一同の前に立った。
もちろん、あまり近すぎると、後ろの彫像に捕まれるので、十分距離を保つ。
すでに軍用ゴーグルを装着したヒルデガルトは、扉の右側の装置に近づき、その前でスタンバイした。
ジャクリーヌはそれを確認すると、正面に向き直り、敵に聞かれても一向にかまわない様子で大声を出す。
「諸君! 今からこの魔界の扉を開いて、中へ突入する! 打ち合わせたとおり、我々十九人は、奥まで入って魔王を討つ。それ以外は、扉の外と中とで半々に分かれて、雑魚どもを討ち取ってほしい。そして――」
とその時、響き渡る彼女の声を遮るように地鳴りが起こり、扉がギギギギギーッと腹に響く音を立てて、真ん中から割れるようにこちら側へ開いた。
ジャクリーヌは、打ち合わせと違うので、慌ててヒルデガルトの方を見る。
「もうボタンを押したのか!?」
ヒルデガルトは、ふるふるふると首を左右に振る。
「押してない」
魔界の扉は、どんどん開いていく。
すると、開かれてできた中央の隙間から、白い服を着た壮年の紳士が見えてきた。
彼は、白猫を抱えて立っている。
白ファミーユ代表のフランソアと白猫ブルバキだ。
彼の背後には、濃い紫色の煙のようなものが、実にゆっくりと渦巻いている。
ジャクリーヌ以下、全員が極度に緊張しながら、武装して身構えた。
魔界の最高幹部の出現だからだ。
扉は、20秒後に完全に開ききり、残響音がこだました。
ここで、薄笑いを浮かべたフランソアが、音吐朗々とした声を地底の空間に響かせる。
「その雑魚には、我々白ファミーユの九人が入っているのかね?」
すると、白猫ブルバキが舌打ちする。
「二匹もいるぜ。忘れんなよ」




