第189話 謎の女の子ジジ
ヒルデガルトを除いて、全員が呆気にとられる中、扉がギギギギギーッと重低音を響かせて、真ん中から割れるようにこちら側へ開き始めた。
「ヤバい! ヤバい! お嬢ちゃん! 何とかしないと!」
アンリは、扉から魔物が溢れ出るのを想像して、大慌てで再度ヒルデガルトの左腕をつかんだ。
すると、ヒルデガルトは何を思ったのか、再びボタンを押し始めた。
今度は、扉がギギギギギーッと音を立てながら奥へ戻っていき、揺れと残響音を残してピシャリと閉まった。
呆気にとられる皆を前に、ヒルデガルトがボソッと種明かしをする。
「逆に、4、2、5、1、3って押したら、閉まった」
異世界の連中も、パスワード設定は安直のようである。
一同が安堵の胸をなで下ろすと、ジャクリーヌが撤収を提案した。
仮に扉を開けて突入したとしても、その先が罠かも知れないからだ。
サン=ドニの魔界の扉がそうであることは、情報屋のクリスティーヌ・ベジエから聞いている。
残りの扉は、ヴェルサイユとルテティア。
このどれかが本丸への近道のはずだ。
いったん酒場に戻って作戦を練り直そう、ということで話がまとまり、全員が横穴へ向かった。
とその時、トールの視界に、一番左の横穴近くにあった岩陰から小さな頭が現れたのが映った。
その頭がすぐに引っ込んだ。
誰かいる!
トールは、ガヤガヤと話ながら歩く集団から一人離れて、素速く岩陰へ移動した。
すると、何者かが岩陰から頭を出した。
二人は目が合った。
黒髪の小さな女の子だ。
アンリが首を伸ばしてトールの方を見ながら言う。
「おーい、何してんだ、トール?」
「ああ、小さなお客さんだよ」
トールは、岩陰から頭半分を出している女の子を指さした。
「げっ! 人型魔物!?」
「そんな感じしないけど」
女の子は、岩陰の横から出てきて、全身を見せた。
袖がなくてボロボロになったワンピースを着ていて、顔も薄汚れている。
靴もボロボロで、ほとんどスリッパ状態。
背丈と顔の感じから、歳は五、六歳のようだ。
ヒルデガルトは、ずり落ちる軍用ゴーグルを直しながら「その子、人間」と保証してくれた。
トールは、優しく声を掛ける。
「名前は? どこから来たの? ここで何をしているの?」
だが、女の子は困ったような顔をして黙っている。
シャルロッテが「そんな、上から見下ろして、いっぺんに言うから怖がっているでしょう?」と言いながら近づいてきた。
そして、彼女は女の子の前でしゃがみ込み、目線の高さを合わせてから笑顔で質問する。
「お名前は?」
すると、女の子は警戒心を解いた様子で答える。
「ジジ。……ジジ・モントルイユ」
「何をしているの?」
「道に迷ったの」
「どこから来たのかな?」
「ヴェルサイユ」
「どこへ行きたいの」
「ルテティア」
一同は凍り付いた。
ここガルネとヴェルサイユは、70キロメートル離れている。
さらにルテティアへは、ここから90キロメートル歩かないと駄目だ。
「お父さんとお母さんは? 一緒にいなかったの?」
「いない。みんな、みんな、死んじゃったの」
シャルロッテは涙ぐんで、言葉が出なくなった。
今度はジャクリーヌが近づいてきて膝をつき、同じように目線の高さを合わせて優しい顔で質問する。
「ヴェルサイユからどうやって来たの?」
「そこから」
ジジは、魔界への扉付近を指さす。
「あの扉の向こうから?」
「ううん、違うの。あの横に小さな穴があって、そこを通ってきたの」
「場所を教えて」
「うん」
一同はジジに連れられて、小さな穴があるという場所へ向かった。
彼らは、近づいて初めてわかった。
穴のそばに岩の塊があり、その陰になって穴が開いていることに気づかなかったのだ。
大の大人でも、這っていけば中に入っていけそうな穴である。
ただ、ジジが70キロメートルもこの穴を這って来たとは思えない。
いったん、ジジを保護することとし、ジャクリーヌは予定通り撤収を宣言した。
彼女は、扉に動きがあるか否かを監視させるため、使い魔のネズミを三匹残していった。




