第187話 人を食う扉
「突風!!!」
女が、渾身の力を込めて魔法名を叫ぶと、彼女の右手の先に出現した輝く魔方陣から、先ほどより格段に威力のある突風が発射された。
全力を出したらしい。
これには、さすがのトールも平然と立ってはいられず、数歩下がって、魔界への扉の前まで後ずさりした。
と突然、トールの背中側にいた裸の男の彫像が腕を伸ばし、彼の肩をつかんだ。
そのまま彼は、両肩をつかまれ、引き寄せられ、両腕で首を絞められた。
彫像の男は、トールの首を絞めたまま、ゆっくりと顎を外し、考えられないほど大きな口を開けた。
頭から食らいつこうとしているようだ。
彼は、誰が後ろから首を絞めているのか確認するため、振り返る。
すると、その食らいつく光景が目に飛び込んで、驚愕した。
それで、彼は彫像の顎を手で力いっぱい押さえながら、なんとか逃れようと必死になっていた。
これを見ていたマリー=ルイーゼ達三人は我に返り、それぞれが三人の黒い影へ駆け寄った。
マリー=ルイーゼとシャルロッテは、ポー武器店で借りてきた剣を取り出して、それぞれ男と女に飛びかかる。
男と女も剣を取り出して、これに応戦。
剣と剣とが摩擦で引き起こす火花が散り、乾いた金属音が地底の空間にこだました。
その間、男の左側の女が扉の右端へ駆けていき、壁にある四角い装置にたどり着いた。
ヒルデガルトは、魔法を使って阻止しようとしたが、その女が何をするのか見届けることにして、後を追った。
どうやら、装置にある5つのボタンを、ある順番で押しているらしい。
女が目にも留まらぬ速さで押し終わると、再び地面が小刻みに揺れ、扉がギギギギギーッと腹に響く音を立てて、真ん中から割れるようにこちら側へ開き始めた。
ちょうどそこへ、ジャクリーヌ、アンリ、マルセル、オデットが駆けつけた。
マリー=ルイーゼもシャルロッテも、敵と剣でつばぜり合いをしている。
オデットは魔法でジャクリーヌ達の体力を強化し、三人は剣で加勢に入る。
だがその時、扉を開けた女が、再び「突風!!!」と魔法名を叫び、強烈な突風を発射した。
轟音を伴った突風は、ジャクリーヌ達四人を紙のように吹き飛ばす。
そして、男はつばぜり合いをしていたマリー=ルイーゼの腹を、同じく女はシャルロッテの腹をそれぞれ蹴って、人一人分が通れるほど開いた扉の隙間を、滑り込むようにくぐり抜けた。
残っていた女は、もう一度「突風!!!」と魔法名を叫び、腹を押さえるマリー=ルイーゼとシャルロッテを吹き飛ばす。
そして、ニヤッと笑って手を振りながら、扉の隙間に吸い込まれていった。
「永遠にさようなら」
扉の向こうからそんな女の声がしたかと思うと、扉はギギギギギーッと重そうに閉まっていく。
とその時、頭を飲み込まれる寸前のトールは、渾身の力を込めて彫像の顎を押し上げた。
すると、その顎から上の頭が、大きな音を立てて首から外れ、上に飛んだ。
次に、彼は彫像の両腕をへし折って、窮地を脱出。
彼が地面に転がると、扉は地響きを立ててピシャリと閉まった。




