第183話 魔界への新しい扉
墓地は町の外れにあり、林に囲まれていて、広さは200メートル四方。
起伏のない芝生の地面に、正方形の墓石を置いただけの簡単な墓。
それが、縦方向も横方向も等間隔で、整然と並んでいる。
目印になるような樹木も、東屋もなく、誰の墓かは上から覗いて文字を読まなければわからない。
途中の花屋で花束を5つ買った彼女は、何度も来ているのだろう、迷うことなく中央付近の墓石の前に立った。
魔王討伐で命を落とした仲間の墓だ。
彼女は、並んでいる5つの墓に1つ1つ献花をした。
全員が黙祷する頃、日が3分の2も沈み、暗くなり始めた。
トールは、周囲を見渡しながら、ジャクリーヌに尋ねる。
「扉なんかどこにも見えないから、周囲の林の奥でしょうか?」
彼女は、首を左右に振る。
「いや。ここだ」
「ここ?」
「そう。もっと言うと、墓石が魔界の扉さ」
「「「「えええええっ!!??」」」」
ほぼ全員の驚きの声がハモった。
ジャクリーヌは言葉を続ける。
「尾行してくれたみんなは、『奴らは墓地に入ると消える』と報告したよな? はじめ、見えない扉でもあって、そこから出入りすると思ったが、魔界はこの地下にある。扉は建物みたいに体の正面に向いているとは限らない。地下から這い上がってくる奴は、下から開けるだろう? それに、急に墓石が増えたって、墓守じゃないんだから、誰も気づかない。見てな。そのうち偽物の墓石が開くから」
彼女はそう言うと、まだ頭を出している太陽の方を向いた。
「もう少しで夜になる。そろそろ動きがあるはずだ。トールと、マリー=ルイーゼ、シャルロッテ、ヒルデガルトはここに残れ。他は、全員墓地の外で待機。戻ってくる人型魔物に気づかれないように、隠れていろ」
九人が墓地の外へ出たのを確認したジャクリーヌは、腰を下ろして膝をついた。
端から見ると、墓の前で祈っているようにも見える。
偽装である。
トール達四人も従った。
虫の鳴く声が聞こえる。
時折吹く風の音が、耳元で亡霊の声のように響く。
林の奥で、オオカミだろうか、遠吠えがした。
どのくらい待ったのだろう。
辺りは、かなり暗くなってきた。
沈黙に耐えきれなくなったトールは、小声で彼女に話しかける。
「マスター」
「ん? 怖くなったか?」
「なぜ、墓石が開くと確信したのですか?」
「正直に言え。墓地が怖いんだろ?」
「はい。その通りです」
「正直で安心した。その……墓石の話だが、四年前のことを思い出したのさ。あの時、地下の魔界で魔物に追われて逃げる途中、洞窟の上に石版があるのに気づいて。そんなところにツルツルした石版があるなんて、なんか変だろ? しかも、近くに梯子まである。ますます怪しい。で、それを使って登って石版を押したら、外に出られたのさ。そしたら、周りは墓場。ここじゃなかったけど。……おっと。動いた。来るぞ」
トールは、彼女の視線を追う。
すると、今いる仲間の墓の3列先にあった墓石が、ズルッ、ズルッ、ズルッと用心深く右横にずれていくのが見えた。
それだけではない。
その墓石の両側にある2つの墓石も、動いているのである。
やがて、3つの墓石が大きく右へ移動し、3つの四角い穴が現れた。
しかし、誰も出てこない。
気づかれたのか?




