第179話 幼女の情報屋
ジャクリーヌがうなだれた姿勢のままでいると、扉の外側を誰かが特徴的なリズムで叩く音がした。
彼女は、ハッとして扉の前に駆け寄り、同じリズムで扉を叩く。
そして、呪文を唱えるような声を出した。
「魔王がうっかり踏んでしまったものは?」
すると、扉の向こうで少女の声がする。
「フェアリーテイル」
ジャクリーヌはさらに言葉を続ける。
「その呼び名は偽りの呼び名。妖精の尻尾なり」
「さにあらんや。フェアリーテイルに相違なし」
ジャクリーヌはそれを聞いて、重い扉を開けた。
扉の向こうには、紫のローブを着て、紫の三角帽子をかぶった幼女のような女の子が立っていた。
ジャクリーヌが「早いな」と言うと、幼女は「私をなめないでよね」と笑いながら中に入ってきた。
ジャクリーヌが扉を閉めて鍵をかけ、一番奥のカウンター席を勧めると、彼女はそれに飛び乗るように座った。
「情報屋なのに、魔術師の格好もするんだ」
「変装しないと、命がない商売なの」
ジャクリーヌは、タバコをくわえた顔を幼女に近づける。
「で、どう?」
「前金で50ルゥ・ドゥオール」
幼女は小さな手をジャクリーヌの顔の前に突き出した。
「相変わらず、高いな。いや、払うけどさ。ちょっと待って」
ジャクリーヌは服のポケットから金貨を5枚出して、幼女に握らせた。
幼女の手のひらに置かれた金貨は、フーッと煙のように消えた。
「今回の情報を引き出すのに、使い魔が一匹やられたから、これでも安い方」
「ほう。手強い相手だな。で、情報は?」
「ヴェルサイユの連中の根城には、今、フランソアとブルバキのみ。後の八人と白フクロウはどこだと思う?」
「それを知りたいのに、こっちに質問かい? 言わないなら、25ルゥ・ドゥオール返せ」
「待って待って。なんと、この町よ。住民に紛れて、徘徊している」
「やっぱりな。九人と二匹が遠路はるばるここに来たって聞いたときから、絶対におかしいと思っていた。最初から、ここが目的地だったな」
「そうみたいね。トールとか言う子供に挨拶に来た、なんて大嘘。金貨も見せ金。最初から渡す気なんか、さらさらないわよ。すべて、フランソアの筋書き通り」
「薄汚い奴らめ」
「昔、あんたと一緒に活躍した連中なのに、あの時の栄光はどこへやら、ね。……さて、もっと面白い情報があるわよ。あと50ルゥ・ドゥオール」
「ガサネタだったら、締め上げるぞ」
ジャクリーヌは、そう言いながらも、幼女に金貨を5枚渡した。
「五年前、サン=ドニにあって、宮廷の魔法使いが総出で結界を張った魔界への扉。今、あそこへ突入して行き着いた魔王の部屋に入ると、煉獄へ直行よ。しかも、魔王はそこにはいない」
「え? いないって? あの、でかすぎて部屋から出られなくなった魔王が!? どうやって動いた!?」
「そこまではわからないけど、別の場所に移動している。だから、サン=ドニの魔界への扉は、今は誘い用の扉。突入するのは、自殺行為ね。そして、新たに作られた魔界の扉が三つある」
「三つも!?」
「どこだと思う?」
「言わせるなら、25返せ」
「わかったわよ。ヴェルサイユ、ルテティア、そしてガルネ。あと、わかっていることは、これらの扉は同時には一つしか開かないこと」
「最悪だ。どこから突入すればいいんだ……。せめて、それぞれの魔界の扉はどこにあるか、魔王はどこにいるか、情報はないか?」
「それを調べるには、何日かかるかわからないわね。金貨を積まれても、時間短縮は無理。あと、魔王の部屋の場所を知っているのは、幹部のみ。その幹部が、情報屋の金でホイホイと教えるわけがないし。扉の向こうに行くとなると、情報屋の範疇を超えるわね。冒険者の範疇よ」
「わかった。それはこっちでやる。クリスティーヌ・ベジエ、ありがとう」
「ええ。幸運を、ジャクリーヌ・ピカール。今度は成功してね」
「ああ。敵は絶対に討つ」
情報屋のクリスティーヌは、建物の裏口からソッと出て行った。
ジャクリーヌはタバコをくわえ、腕組みをしながら深く息を吸い込み、天井に届かんばかりに煙を吐いた。
そして、また、壁にできた拳大のへこみを見やった。




