第177話 ライバルのギルドへの援軍要請
扉が開かれると、ボサボサ頭のいかつい顔をした、長身の男が入ってきた。
よく見ると、彼は男なのに、うっすらと女の化粧をしている。
いかつい顔に、チークや口紅まで塗っているのだ。
彼はジャクリーヌを見つけると、体をくねくねさせながら近づいてきた。
「こんばんわ~。元気してる~?」
男は、化粧だけではなく、特徴的なイントネーションとキーの高い声で女性を演じている。
ジャクリーヌは、火の付いたタバコを唇で動かしながら、ちょっと眉をしかめる。
「2時間前に会っただろ」
「あら、やーねぇ。ジャクリーヌったら、つれないわね。人に物を頼むときの言い方にしては、ひどすぎない?」
「ジャン=ジャック・ポアソン。そこの席なら空いている。ミルクでいいか?」
「えー、フルネームぅー? 他人みたいじゃない。ジャンって呼んで~。それに、ミルクじゃなくって、お酒をちょーだい♪」
「そのオカマみたいなしゃべり方を、いい加減やめな」
「やーよ。これは私が私であることなの」
「お前は哲学的なことを振り回すから嫌いだよ。……おっと、コップをきらしたみたいだ。じゃあ、さっそく用件だが――」
「あら、ミルクも出さないのね。ええ、いいわよ。その用件とやらを聞こうじゃないの。でも、ここにある料理の残りはもらうわよ」
ジャクリーヌは、出入り口に一番近い丸テーブルに座った。
ジャン=ジャックは、近くにあった二つの皿をそのテーブルまで移動して着席した。
そして、皿が片付けられないように、そこに残っていた肉や野菜を慌ててパクついた。
「魔王討伐の件だが」
「ディアヌとモニクから聞いたわよ。あんたんとこで受けたんだって? できもしないのに」
「帰れ!」
「うそよ! うそうそ! で、何よ?」
「そっちのポアソン魔法組合から、強力な回復系の魔術師を二人貸してほしい。ディアヌ・ラプラスのパートナーのルイーズ=アンジェリーク・クロミエと、モニク・マンデルブロのパートナーのシルヴェーヌ・ヴェルドロ」
「あら、ライバル同士が手を握るの? しかも、うちの最高の仲間にご指名まで? もしかして、今日もらった金貨1万枚を山分け、なーんて条件で?」
「あの金貨は白ファミーユの見せ金だけど、それでもいいか?」
「やっぱり、そうだったの? 連中らしいわね。なら、やめとくわ。で、いくらで?」
「1日一人10ルゥ・ドゥオール」
「50ならいいけど」
「足下見やがるなぁ」
「だって、あの優秀な魔術師二人を貸し出したら、ディアヌとモニクは仕事があがったりよ。貸し出すなら、三人パーティごと引き受けて」
「魔術師借りるのに、勇者と剣士がくっついてくるというのも微妙だが」
「断ろっかなぁ――」
「わかった、わかった! じゃあ、まとめて六人を1日60ルゥ・ドゥオール」
「うーん、90」
「60」
「80」
「60! 1エキュも追加できないね」
「……仕方ない。いいわよ、六人を1日60ルゥ・ドゥオールで。……それで、今度は魔王討伐の勝算、あるの?」
「現時点では、たぶんとしか言いようがないが」
「珍しく弱気じゃない。何人編成で行くの?」
「うちは十三人。そちらを入れて十九人」
「あのねぇ、……うちが貸し出す六人はA級よ。前にS級ランク二十一人でも魔王討伐が失敗したのに、それ以下で臨むの? 無謀ね」
「その話は、もうやめてくれ。今度うちに新しく来た六人はSS級らしいから、一か八かだが、勝てるかもって思うんだ」
「そこにいる見たことない顔の六人の子? あの子らがSS級? へー。『勝てるかも』なんて、あんたらしくもないわ」
「それと、そっち専属の情報屋も貸してもらっていいか?」
「あら、クリスティーヌ・ベジエも? これは、いよいよあの日と同じく、大事になるのね。……いいわよ。話をしておく。代金は、あの子の言い値になるから覚悟してね」
「いつものことだろ」
「それもそうね」
「情報屋と今すぐ会いたい」
「今すぐ? あらあら。これは面白くなってきたわ。戦争が始まるのね」
「この弔い合戦は、見世物じゃないからな。見物のつもりなら、金を払え」
「冗談よ」
それから、ジャン=ジャックは料理を平らげ、腹一杯という顔で帰って行った。
ジャクリーヌは、扉を閉めると、その扉を背にしてトール達の方へ向き直った。
「さあ、聞いていたと思うが、援軍の要請もすんだ。明日から、本格的に魔王討伐を開始する。いろいろと忙しくなるからな。しっかり、頼むぞ」
「「「はい!!!」」」
トール達十二人は、元気よく返事をした。
「それと、アンリ達六人は、今日から四階に寝泊まりすること。宿代は、ミネットにツケにしてもらえ。そして、明日は全員8時にここへ集まること。皿の片付けは、みんなで頼む。これから、情報屋に会いに行くから」
ジャクリーヌは、そう言い残すと、扉を開けて外へ出て行った。
残された十二人は、手際よく片付けをし、皿を洗い終えると、各自の部屋へ戻った。




