第176話 そして無理難題な依頼が残った
トールが震える手で持つ純白の用紙には、美麗な筆跡で、冷酷な内容が書かれていた。
『大変申し訳ございませんが、予定しておりました晩餐会、舞踏会、資金援助は全てなくなりました。
さて、重ねてお伝えいたしますが、本日署名していただきました書類にありましたとおり、魔王を探し出し、本日を含めて八日以内に殺害もしくは生け捕りにした場合にのみ、金貨で12万5千ルゥ・ドゥオールを翌々月末までにお支払いいたします。
期日までにそれができない場合、本日お渡しいたしました1万ルゥ・ドゥオールをご返納いただき、さらに違約金といたしまして、期日から起算して三日以内に金貨で25万ルゥ・ドゥオールをお支払いいただきます。
お支払いいただけない場合は、ローテンシュタイン帝国が肩代わりしてでもお支払いいただきます。拒否された場合は、フランク帝国はローテンシュタイン帝国に対して断固とした手段を執らせていただきます。 フランソア・ドゥ・メルセンヌ』
トールは、「完全にはめられた!」と大声を上げ、顔を真っ赤にして悔しがった。
うかつにサインしてしまったため、とんでもない魔王討伐になってしまったのだ。
トールは、手紙を握り潰してしまいそうになるのを堪え、それを持って一階へ駆け下りていった。
一階では、ちょうど、ジャクリーヌとマルセル達が丸テーブルに皿を並べているところだった。
ジャクリーヌは、トールが突きつけるように渡した手紙に目を落としたが、眉一つ動かさなかった。
「お前さんには悪いけど、自分で蒔いた種は自分で刈り取るしかないね。でも、ピカール魔法組合は、全面協力するよ。アンリの奴が勇み足でサインしたのは、最終的にはマスターの責任だから。このあたしは、決してうちの連中を見捨てて逃げやしないし、困っているお前さんも見捨てやしないから」
トールは、涙が出そうになるも、必死で堪えながら提案する。
「今から、白ファミーユに殴り込みに行きましょうか?」
「おいおい、お前さんって、以外と単純だな。後先考えずに行動するのは、やめな。相手は、フランク帝国の一万人の魔法使いを牛耳っている連中だよ。余計に敵が増えるだけ。その拳一発で一万人を吹き飛ばせるのかい? それに、皇帝陛下がなんて言うか。むしろ、後者が心配だね。お前さんが隣国から勝手に乗り込んできただけに、ここで暴れると国際問題になりかねない」
「魔王討伐に僕を招聘したのは、本当は皇帝陛下じゃないのですか?」
「お前さん、いつまで騙されているだい? ちゃんと人の話を聞いてる? 皇帝陛下が魔王討伐を依頼した相手は、白ファミーユだろ? 皇帝陛下からすると、お前さんは白ファミーユの金に釣られて勝手に越境してきた、隣国出身の一傭兵に過ぎないんだからな」
「じゃあ、どうすれば――」
「今のままじゃ、奴らが有利。もし奴らが不正を働いたとか、不利になる証拠を見つければ、奴らを叩きのめしても、皇帝陛下は何も言わないと思うけどね。ま、本来の目的は白ファミーユ潰しじゃなくて、魔王討伐。期限まで、今日を入れて八日だろ? 明日から七日間。魔王をやっつけることだけ考えるんだね」
それから、ジャクリーヌの乾杯の音頭で歓迎会が始まったが、トールは始終冴えない顔のまま。
マスターの手料理をあれだけ楽しみにしていたのに、まったく口にできなかった。
食事はおろか、飲み物も喉を通らない。
歓迎会もそろそろお開きになる頃、ジャクリーヌが元気のないトールの肩を叩いて励ましていると、扉の外側を誰かが特徴的な叩き方でノックする音が聞こえてきた。
そのノックの感じから訪問者を察知した彼女は、扉に向かって大声で「開いているよ!」と言う。
すると、何者かが重い扉を開いた。




