第175話 異世界ギルドでの初仕事
トールを先頭に六人がバタバタと階段を駆け上がると、二階の宿屋のフロントで暇そうにうたた寝をしていた女性が飛び上がるほど驚いた。
「な、何の騒ぎニャー!?」
目を白黒する彼女の頭に猫耳がある。
トールが彼女へ「マスターから、宿代はツケにしてこちらの部屋を借りろ、と言われたのですが」と伝えると、フロントの奥から、身長が100センチメートルに満たない小さな老婆が現れた。
彼女は気難しそうな顔をしながら「一部屋50エキュ。ツケは三日までだよ。マリー、案内してやんな」と言って去って行った。
マリーと呼ばれた猫族の彼女は、「わかったニャー」と言って、トールの方に向き直った。
「あ、今のはご主人様のミネット・ダルク。ちっこいけど、ドワーフだから不思議じゃないニャ。あたいは、マリー=フランソワーズ=ヴィクトワール・ロシュフォール。長いからマリーでいいニャ。よろしくニャー。そしたらニャ、みんな、こっちに来てニャー」
彼女の案内で、三階の二部屋が女性陣の部屋、二階の一部屋がトールと黒猫マックスの部屋となった。
トールは、代金がわからず猫族のマリーに尋ねる。
「あのー、50エキュって、何ルゥ・ドゥオールなんですか?」
彼女は首をかしげ、トールを頭から足下まで見つめる。
「もしかして、よそ者ニャ? 100エキュで1ルゥ・ドゥオールなのニャー。あ、食事なしだからニャ」
彼女はそう言うと、手を振って、そそくさと去って行った。
女性陣は、シャルロッテ、イヴォンヌ、イゾルデが広めの一部屋、マリー=ルイーゼとヒルデガルトが狭めの一部屋に入った。
そして、荷物を整理しながら、ジャクリーヌが語ったことを話題にした。
しかし、誰もジャクリーヌに同調せず、トールを非難しなかった。
彼なら、きっと何とかする。
彼女達にそういう期待感があったのは事実。
一縷の望みだが、ジャクリーヌは間違っているという期待もあった。
トール達六人は、部屋で落ち着く暇もなく、一階に降りてアンリ達六人と合流。
十二人は手分けして、自分が得意そうな依頼の紙を選び、それを持って各所へ散った。
ヒルデガルトは、家庭教師。
イヴォンヌは、酒場の給仕。
イゾルデは、ゴミ屋敷の清掃。
マリー=ルイーゼは、薪割り。
シャルロッテは、行方不明の猫探し。
トールは、被害に遭った家屋の片付け。
アンリ達は、各種力仕事etc.。
彼らは、夕刻までに、くたくたになって戻ってきた。
建物の扉を開けると、中からいい匂いが漂ってくる。
ジャクリーヌが、トール達の歓迎を兼ねた夕食を全員分、一人で作っていたのだ。
誰もが深呼吸をして、その匂いを腹一杯吸い込む。
すると、空になった胃袋を捕まれるような感じがした。
トールは、空きっ腹を抱えながら、いったん二階に上がり、自分の部屋へ戻った。
とその時、開けっ放しになっていた窓に白い鳩が止まっているのが見えた。
鳩は、足に手紙をつけている。
彼がその手紙を足から外すと、鳩は一目散に逃げていった。
イヤな予感がした彼は、急いで手紙を開く。
そして、最初の一行目を読むやいなや、カッと目を見開き、唇を強く噛んだ。
その手紙は、ジャクリーヌのほぼ予想通りだったのだ。




