第172話 魔王討伐の巨額報酬
トールは、だんだん白ファミーユが胡散臭く思えてきた。
彼は、てっきり、彼らが正義感を燃やして魔王討伐の依頼をしてきたと思っていた。
その正義感に同調して、彼も立ち上がったのである。
でも、それは、彼が脳内で勝手にこしらえた理由付け。
よく話を聞いてみると、自分自身が露骨に利用されようとしている。
笑顔で美麗字句を並べる一方で、腹黒さが見え隠れしている。
おまけに、彼らを飛び越えて皇帝陛下から直接依頼を受けたいが、できないときた。
ここまで来て魔王討伐を諦めるわけにはいかないので、彼は仕方なく、この申し出を受けることにした。
アンリは、震えながらフランソアに質問する。
「ま、前金って、いくらなんだ?」
フランソアは、アンリをじろりと睨んだ。
まるで、卑しい身分の人間を見るような冷たい目つき。
返答も、打って変わって、冷たい言い方になる。
「10ルゥ・ドゥオール金貨で1000枚。つまり、1万ルゥ・ドゥオール」
「「「1万ルゥ・ドゥオール!!!」」」
異世界転生組の六人と白ファミーユの連中を除いて、その場に居合わせた全員がユニゾンで大合唱した。
アンリは、ますます震えながら言葉を続ける。
「つ、つ、つーことは、成功報酬は10万ルゥ・ドゥオール!!??」
「左様。一応、貴様の頭でも計算はできるのだな」
トールは、フランク帝国の通貨を知らないので、どれくらい凄いのかがわからない。
そこで、彼はアンリに笑われるのを覚悟で疑問をぶつける。
「アンリ。10万ルゥ・ドゥオールあったら、どうなるの?」
「お、おい! あのなぁ! よく聞け! 飲み食いと宿屋に泊まるだけなら、一人1日1ルゥ・ドゥオールで十分なんだぜ。つーことは、1年で365ルゥ・ドゥオール。だから、えーと、えーと――」
ここで、ヒルデガルトが答えをはじき出す。
「一人で、約274年間生活できる。トール。なんとなく、前世の日本円に換算すると、1ルゥ・ドゥオールって1万円っぽい」
「ってことは? 成功報酬10万ルゥ・ドゥオールは?」
「10億円」
「「「10億円!!!」」」
今度は、ヒルデガルトを除いた異世界転生組五人がハモった。
そのぴったりの金額から、トールは、つい、前世の某宝くじやスポーツくじを思い出してしまった。
ここで、アンリが右手を挙げて話に割り込んできた。
「ちょっと、待ってくれ! 男爵トール・ヴォルフ・ローテンシュタイン・ドゥ・ルテティア様、……う、舌を噛みそうだ、……そのー、この話を、うちの魔法組合を通していただけませんかね?」
だが、トールは、ちょっとつれなく突き放した。
「それは、僕じゃなくて、こちらの白ファミーユと交渉してよ」
その後、アンリがフランソアと交渉を始めた。
フランソアは、魔法組合側の仲介手数料を考慮し、成功報酬の増額をあっさり認めた。
結論として、マスターかそれに準ずる人物の署名が必要だが、魔王討伐でピカール魔法組合が全面協力することを条件に、魔法組合が後日12万5千ルゥ・ドゥオールを受け取り、トールには9万5千ルゥ・ドゥオールを渡し、前金1万ルゥ・ドゥオールは魔法組合とトールが半分ずつ受け取る、となった。
結局、成功報酬の総額は、13万5千ルゥ・ドゥオール。
トールに10万、魔法組合に3万5千である。
前金1万ルゥ・ドゥオールは、トール達の馬車に積まれた金庫の中にあった。
フランソアは、その場で書類に魔法組合に関する条項を付け加えて、トール達に書類を差し出した。
トールは、この世界に来て初めて、書類というものにサインをした。
アンリは、魔法組合側の署名として、マスターから与えられていた『マスター代行』という肩書きを利用してサインすることにした。
トールには、前世の金銭感覚で、10億円が手に入るようなもの。
アンリだって、天から降ってきたような3万5千ルゥ・ドゥオールが、ピカール魔法組合に入るのだ。
マスターが跳び上がって大喜びする姿を想像し、彼はニヤニヤした。
二人とも喜び勇んで署名していると、フランソアは「ありがとう」と笑った。
しかし、その笑顔に隠れるように薄笑いを浮かべたことは、誰も気づかなかった。
署名がすむと、フランソアは「では、明日、晩餐会にご招待するため、また参ります」と言って、白ファミーユの連中と白猫、そして白フクロウのガロアも連れて去って行った。
後に残された者達は、巨額の成功報酬の話題で持ちきりになった。




