第164話 魔界からの侵略者はどっちだ
トール達は、様子を見るために馬車からゾロゾロと降りた。
確かに、進行方向を見ると、林の向こうで黒い煙がもくもくと上がっている。
時折、火が吹き上がり、爆発音のようなものが聞こえてきた。
トールは、御者に尋ねる。
「ガルネまで、あとどのくらいですか?」
「今そこに林があって隠れてるが、あれがなきゃ建物はすぐそこに見えるぜ。1キロってとこかな。でもなぁ、馬が火を怖がって、前に進まねぇから、これ以上は行かれねぇ。鎮火を待つよりは、諦めて他の町へ行った方がいいかもな」
御者は、首を横に振り、残念そうな顔をトール達へ向けた。
とその時、こちらに向かって全速力で走ってくる馬車が見えた。
その御者が「町が魔界からの侵略者に襲われているぞ! 早く逃げろ!」と叫んでいる。
トールは、その言葉を聞いて、魔物討伐隊の血が騒いだ。
「みんな! 僕はガルネまで救援に向かうから、みんなは荷物を見ていて!」
彼がそう言うと、マリー=ルイーゼ達は口々に「私も行く!」と言い出した。
結局、全員が救援に向かうことになった。
ガロアの提案により、馬車はトール達の荷物を積んだまま、道路脇の草むらへ入って待機となった。
そこでガロアが結界を張ることで、馬車を周囲から見えなくし、侵略者からも守るという算段だ。
荷物の見張りをかねて、ガロアと黒猫マックスは、御者とともに馬車に残った。
トール達は、急いで強化魔法と防御魔法を施す。
なお、イヴォンヌとイゾルデも卒業までにいろいろな魔法を習得したので、もちろん強化魔法と防御魔法を操れるようになっていた。
彼女達の魔力の潜在能力はヒルデガルト以下だが、宮廷の魔法使いや教師よりは高かったので、きっと活躍するはずだ。
準備ができた彼らは、全速力でガルネへと駆けていった。
彼らの眼前に迫ってくるガルネの町は、こじんまりとした小都市という感じであった。
だんだん近づいてはっきりしてくる町並みは、中世そのもの。
レンガ造りや石造りの建物に混じって、木造の建物が挟まるように建っている。
盛んに火を噴いて燃えているのは、多数の木造の住居がひしめく一角だ。
時折、火柱が上がり、爆発音や、悲鳴、怒号が聞こえてくる。
トール達は、逃げ惑う住民に遭遇した。
彼らは口々に叫ぶ。
「こっちは危ないから、近寄るな!」「魔界からの侵略者と剣士が戦っている!」「敵はたくさんいるぞ!」
トールは住民の制止を振り切り、爆発音のする方へと向かった。
石畳の狭い路地は、迷路のよう。
建物が陰になって薄暗い裏通りは、物陰から悪者が飛びかかってきそうだ。
やがて、メインストリートと思われる太い道路に出た。
そこでは、獣人族と思われるイノシシ顔の六人を、三十人以上の男達が取り囲むようにして、剣で激しく戦っている。
トールとの距離は20メートルほど。
助太刀しようとした彼は、足を止めた。
(どっちが侵略者だ?)
普通に考えれば、獣人族に見えるのが魔物で、それを人間が追い詰めているように見える。
だが、それは一種の偏見で、時として危険だ。
なぜなら、魔法学校では、学食のウルスラおばちゃんは獣人族だった。
うかつに、人間側に加勢することはできない。
とその時、獣人族の一人がトール達を見つけて、大声を上げた。
「おい! こっちに加勢してくれ!」
すると、数人の人間が振り返って、そのうちの一人が叫んだ。
「おい! 加勢するならこっちだ! 奴らを信用するな!」
どちらがガルネの住人かがわからないトールは、大いに迷った。
一発で判別するには、どうすればいい?
とその時、彼の頭の中で、キラッと何かが光った。
妙策を思いついたのだ。
彼はそれに賭けた。
そして、思わず笑いそうになるも、真剣な顔つきで叫ぶ。
「さっき、魔界からの侵略者が逃げていくのを見た! なんでも、魔王から撤退命令が出たらしい! お前達も撤退した方が、無駄な犠牲を出さなくてすむぞ!」
すると、獣人族も人間も、全員がトールの方を見た。
彼らは闘いを中断し、凍り付いたように動きが止まった。
さあ、尻尾を出すのはどっちだ。




