第162話 国境を越えて前世を思い出す
第三章の物語の舞台となっているフランク帝国の言葉、地名、人名、固有名詞は、フランス語がベースとなっています。(一部、ローテンシュタイン帝国の言葉もありますが、それはドイツ語ベースです。)
でも、実在する地名、人名、固有名詞には全く関係ありませんし、定冠詞を省略したり、単語をつなげたり、発音も方言っぽくなっています。ですので、あくまで異世界の言葉として捉えていただけると助かります。
では、ごゆっくりお楽しみください。
[第三章の主な登場人物]
トール・ヴォルフ・ローテンシュタイン…異世界最強の主人公。一乗ハヤテが転生
シャルロッテ・アーデルスカッツ…………ハヤテの幼馴染み。二城カリンが転生
マリー=ルイーゼ・ゾンネンバオム………ハヤテの幼馴染み。参上ナナセが転生
ヒルデガルト・リリエンタール……………ハヤテの幼馴染み。市場アオイが転生
イヴォンヌ・サン=ジュール………………ハヤテの幼馴染み。五條アリスが転生
イゾルデ・ヴァルハルシュタット…………ハヤテの幼馴染み。禄畳ミチルが転生
黒猫マックス…………………………………魔力を持つ黒猫。ニャン太郎が転生
ジャクリーヌ・ピカール……………………ピカール魔法組合の女マスター
アンリ・アダマール…………………………ピカール魔法組合所属 勇者
マルセル・ティユー…………………………アダマールのパートナーの女剣士
オデット・ルパン……………………………アダマールのパートナーの女魔術師
ジャック・パスカル…………………………ピカール魔法組合所属 勇者
ルイーズ・ロワシー…………………………パスカルのパートナーの女剣士
ブリジット・ナンテュイエ…………………パスカルのパートナーの女魔術師
ジャン=ジャック・ポアソン………………ポアソン魔法組合のマスター
ディアヌ・ラプラス…………………………ポアソン魔法組合所属 女勇者
コゼット・クレテイユ………………………ラプラスのパートナーの女剣士
ルイーズ=アンジェリーク・クロミエ……ラプラスのパートナーの女魔術師
モニク・マンデルブロ………………………ポアソン魔法組合所属 女勇者
ナディア・モンティヨン……………………マンデルブロのパートナーの女剣士
シルヴェーヌ・ヴェルドロ…………………マンデルブロのパートナーの女魔術師
シャルル・ルイ=フェルディナン・ルゥ…フランク帝国皇帝
ジゼル・ジョルダン…………………………フランク帝国騎士長
リベルテ・デカルト…………………………フランク帝国親衛隊隊長
アンヌ・ピュイ………………………………ガルネ町長の母
アンジェリーク・べー………………………べー魔法道具店の女主人
アデーレ・ポー………………………………ポー武器店の女主人
アネモネ・ロワ………………………………ポー武器店の武器職人
ミネット・ダルク……………………………宿屋の女主人。ナン(ドワーフ)
マリー=フランソワーズ=ヴィクトワール・ロシュフォール……宿屋の従業員。猫族
ジャン=ピエール・デュポン………………獣人族の警備兵
クリスティーヌ・ベジエ……………………女情報屋
ジジ・モントルイユ…………………………謎の女の子
サタン…………………………………………フランク帝国を拠点とする野獣の魔王
<白ファミーユ(魔法使い一族)の関係者>
フランソア・ドゥ・メルセンヌ……………メルセンヌ公爵家当主
エミール・ドゥ・ルジャンドル……………ルジャンドル公爵家次男
ジャック・ドゥ・カミュ……………………カミュ伯爵家三男
マリアンヌ・ドゥ・フーリエ………………フーリエ侯爵家長女
クロエ・ドゥ・ラプラス……………………ラプラス侯爵家次女
カトリーヌ・ドゥ・ポアンカレ……………ポアンカレ伯爵家三女
セシル・ドゥ・エルミート…………………エルミート子爵家四女
クリスティーヌ・ドゥ・ラグランジュ……ラグランジュ子爵家五女
マノン・ドゥ・ルベーグ……………………ルベーグ男爵家六女
オーギュスト=エマニュエル・ドゥ・ガロア……白フクロウ
ピエール=ガスパール・ドゥ・ブルバキ…白猫
ローテンシュタイン帝国魔法学校の卒業式は、桃月の終わりだった。これは、トール達の前世では7月末に当たる。
翌月の熱月である今は、その名の通り、夏真っ盛り。
しかし、かんかん照りの天気ながらも、湿気がほとんどないので、木陰に入ると涼しい風が火照った肌を優しくなでる。
ローテンシュタイン帝国とフランク帝国は地続きなので、それは国境を越えても変わらない。
トール達を乗せた馬車は、幌付きの四頭立てで、荷台には三方向に長椅子の座席がある。
これは、黒ずくめで始終無言だったケート・フィッシャーと一緒に乗った時の馬車と同じ形式だ。
トール達はそのゾッとする情景を思い出したので、彼女が無言で座っていた御者に近い側の座席には、誰も座らなかった。
進行方向に向かって右の奥からトール、イヴォンヌ、シャルロッテが座り、左の奥からはマリー=ルイーゼ、ヒルデガルト、イゾルデが座った。
黒猫マックスはトールの膝の上、白フクロウはトールとイヴォンヌの間に挟まっていた。
その馬車が、のどかな田園地帯を突き抜ける、ひたすらまっすぐな一本道を、実にゆっくりと走って行く。
紺碧の空。
水平線から湧き上がる雲。
どこまでも広がる、緑のカーペットのような草原。
牛や馬が、のんびりとその草を食む。
そんな草原の至る所に点在する木々。
あの木陰で休んでいると、涼しい風が心地よい眠りを誘い、英雄になった夢を見るかもしれない。
この風景は、ローテンシュタイン帝国側からずっと続いている。
それで、彼らは『国を超えた』『異国の地に足を踏み入れた』という感覚が持てなかった。
それにしても、トール達の家族は寛容だ。
ローテンシュタイン帝国では『かわいい子には修行をさせよ』という言葉がある。
それをそのまま、異国の地での魔物討伐協力、という怪しい依頼に対して、ほとんど躊躇もなく適用してしまった。
それは、世界最強の魔力を持ち、それを実演してみせたトールへの絶大な信頼があったからこそ。
トールは自分の夢をどうしても叶えたい。
自分も彼女達も、これ以上学校で学ぶことがない。
クラウスも、留学というこじつけとしか思えないお膳立てに尽力した。
いろいろな好条件が、今回の旅立ちとなったのだが、この天候みたいにいつまで快晴でいられるのだろうか。
トール達の出で立ちは、意外にも質素だった。
身分が王族あるいは貴族の場合、平民よりも豪奢な服を着るのが一般的。
しかし、彼らは、そんな『自己顕示欲もっか発信中』みたいな姿がイヤで、旅立ちの日にわざと質素な私服を希望し、それを着用して乗り込んだ。
トールはそれすら面倒で、魔法学校の制服のまま出発しようとしたほどだ。
しかし、彼の抵抗もむなしく、養母の猛反対で私服に着替えさせられた。
手荷物は必要最低限に、さらに鞄1つにまで絞った。
シャルロッテは、メイド達が馬車いっぱいの荷物を用意したので閉口し、執事との喧嘩の末、1つだけ手にした。
そんなラフな格好と身軽な手荷物で、いざ出発。
最初、彼らは遠足気分丸出しで、会話も大いに弾んだ。
これからの異世界での冒険に胸を膨らまし、夢を沢山語り合った。
強力な魔法で、みんなから一目置かれる話。
それで仲間が増えて、独立したギルドを作る話。
そして、大金持ちになる話。
仕舞いには、国を作って王様になる話。
夢なら何でもありだ。
しかし、国境を越えた辺りから、旅立ちを決めたトール自身が、ちょっとした緊張から、落ち込み始めた。
こうなると、考えが悪い方向へ悪い方向へと向かっていく。
(これって、前世で、海水浴に行くため観光バスに乗り込んだ時と一緒じゃないのか?
また事故に遭うんじゃないのか?
今度も死ぬんじゃないのか?)
そう思っただけで、彼の全身の血がサーッと引き、震えが止まらなくなった。
あれだけ冒険にかけた意気込みは、完全に吹き飛んだ。
彼の頭の中では、勇者への旅が、死へ向かう旅、に変わったのである。
リーダーの沈黙は、従う者にも伝染した。
先ほどまで和気藹々とした雰囲気が消し飛んでしまい、まるでお通夜状態になった。
彼らの耳には、車輪のギシギシいう音と馬のリズミカルな蹄の音しか届かず、体は馬車の揺れに合わせて左右に揺れていた。
この不気味なほどの沈黙が続く中、彼らの心の中に黒い煙のような何かが広がった。
膨張する不安感。
やがて、それが現実となるのだった。




