第159話 冒険者と勇者への道
午後9時。
トールは、胸をドキドキさせながら、イヴォンヌの部屋のドアをノックした。
すると、内側からドアが音もなく開いた。
トールは辺りを窺いつつ、滑り込むように部屋に入る。
イヴォンヌは、満面の笑みを浮かべて、小声で「いらっしゃい」と彼を迎え入れた。
トールはささやくような声で質問する。
「同室の女の子は?」
「大丈夫。隣の部屋で、みんなとお茶しているわ」
「魔法はかけないでね」
「ああ、大丈夫よ。あの時のことは忘れて」
「話がある、って、前言っていた僕の未来のことだよね?」
「そう焦らないで」
「外で人の気配がするから、早く聞かせて」
「何も音がしないけど。意外とせっかちさん?」
「いや、気になるんだ。君の話が。僕の未来を、誰かが予知したの?」
「ええ、そうよ。フランク帝国最高の予言者が、あなたの未来を占ったの」
「なんで僕のことを?」
「それは、ハヤテが最強の力を持っているから」
「その前世の名前はもういいよ」
「ゴメンなさい。つい。……トールのその力が正義のために使われるのか否かが、フランク帝国でも話題となっていたの」
「それで、結果は?」
「あなたは、今すぐ冒険者か勇者になるという未来が見えたそうよ。ローテンシュタイン語ではアーベントイラーとヘルトかしら」
「へー。そうなんだ。フランク帝国では、そう発音するんだ」
トールは、目の前がパーッと明るくなったような気がした。
冒険者、英雄と同じ発音をする勇者。
それは、この異世界へ来たときからの彼の夢だったからだ。
「ねえ。それで……」
「それでって? 何?」
「今すぐ、私とフランク帝国へ行かない?」
「え? どうして?」
「今、フランク帝国では、魔界への扉が開きかかっていて、魔王が出現しそうなの。たくさんの魔法使いが一丸となって扉を封鎖しているのだけど、それが破れそうなの。それで、あなたの力が必要なの」
「扉を封鎖することに協力するだけでいいの?」
「いや、あなたが来てくれたら、意図的に扉を開いて、魔王とその一派を倒して弱体化させてから再度封印する作戦なの」
「そうなんだ。魔界へ乗り込めばいいのに、何でまた――」
「ねえ、お願い。一緒に来て」
「うーん、そうだなぁ……。それには条件をつけさせてもらうし、その予言者の予言が外れる不名誉になるけど、それでもよければ、行ってもいいよ」
「ホント!? って、どんな条件をつけるの?」
「年少組四年生を卒業したら、その魔王退治に行く」
「え? それでは遅いの! 今すぐに来てもらわないと魔界の扉が――」
「あのね、僕は精霊ゾフィーから聞いたんだ。僕の潜在能力を100%引き出すには、今の僕の体が小さすぎるって。95%引き出しただけで10日間動けなかったのは、それが原因なんだ」
「そうだったの?」
「ああ。僕の潜在能力の数値を見て、みんなは世界最強みたいなことを言うけど、実際はリミッタがかかっているようなものなんだ。この体が小さいことが原因で。だから、年少組四年生の卒業まで待ってほしい。体さえできあがれば、本当に世界、ってか、異世界最強になれるから」
とその時、窓辺でバサバサと音がした。
二人はギョッとして音のする方を見る。
すると、二人の視界に、窓の外で浮かぶ真っ白いフクロウが映った。
白フクロウは、首をわずかに縦方向に動かしている。
とその時、二人の頭の中で、低い男の声が鳴り響く。
『よかろう。待ってやろう。その言葉、違えるでないぞ』
トールは少し驚いたが、白フクロウを見つめながら頭の中で答える。
『いいよ。男の約束だ』
『実に頼もしい。……それとイヴォンヌ』
『はい』
『トールの卒業まで一緒に学校に残れ。それから卒業して、一緒にフランク帝国へ来い』
『わかりました』
白フクロウは、闇に飲み込まれるように飛び去っていった。
彼女はトールの手を取って、嬉しさのあまり、涙を流した。




