第154話 魔法を無効化する悪魔の手
グスタフは、歩きながら肩をすくめる。
「やれやれ。俺の百面相の能力がどんだけ凄いかを見せたかっただけなのに、卑怯者呼ばわりはないぜ。もっと、俺の魔法に感動してほしかったけどな」
「馬鹿言っちゃいけないよ。感動の代わりに、閉口、辟易、迷惑、困却、困惑。お好きな言葉を選んであげようか?」
「ふっ、いらねえよ! ……しっかし、誰に変装しても、ことごとく見破られる。悔しいったら、ありゃしないぜ」
「どうだ。俺の直感力に感動しただろ」
「しねえよ」
「ふっ。お互い感動しなかったと意見が一致したところで、さあ、勝負だ! 表に出ろ!」
トールは、左手の親指を城の出入り口へ向けた。
グスタフは、エントランスの真ん中付近から減速し、トールとの距離を5メートルほどに保って立ち止まる。
「いやだね。てめえの能力は『破壊行為』。穴を開ける。地割れを起こす。雷は、破壊までいかなくても、それに近い」
「だから、何だ!?」
「この城の中で決着をつけようぜ。だったら、勝負に乗ってやる」
「つまり、僕に大技を使わせないため、この建物の中で勝負しょうって訳だな!?」
「そゆこと。建物を壊すわけにはいかないだろ? この文化財みたいな城を」
「建物を人質に取るんだな!?」
「人じゃねえけど、まあ、比喩的に言うとそゆことだ。壊したら、てめえが全部弁償する。高く付くぜ。……そっか、王族の金庫は金が唸っているから、関係ないか」
「最後の最後まで、卑怯者で終わったな。もう少し、分別のある奴かと思っていたが、見損なったよ」
「なあ……、俺さあ……、一応、年中組三年生の大先輩なんだが。人生の先輩でもあるんだが。なのに、てめえみたいな、ひよっこの年少組一年生にこんな口の利き方をされちゃ、締め上げないといけねえみたいだな!」
「勝負に先輩後輩の関係を持ち込むな!」
「言わせておけばいい気になりやがって! じゃあ、俺のとっておきの技を見せてやる。言っとくけど、てめえがこの世界に現れるまでは、ローテンシュタイン帝国最強の魔力の持ち主は、この俺だったんだぜ! 宮廷の魔法使いどもが全員ひれ伏すくらいの実力があるんだぜ! それが、てめえみたいな新参者が割り込んできて、今じゃ、二番目に成り下がっている。腸が煮えくりかえるくらい、気にくわねえんだよ!!」
「何を言い出すかと思えば、くだらない自慢話と嫉妬か」
「てめえさえ、って何度思ったことか。寝ても覚めても、てめえのことばっかり」
「夢の中に出てくるほど僕に気があるのかい? そっちの方の趣味はないから、お気の毒様」
「そしてついに、俺が一番に返り咲くチャンスが巡ってきた! ん? 今なんか、男色好きみてえなこと言われた気がするが、まあいいか。……さあ、てめえの自慢の魔力を俺に全力でぶつけてみろ。そうすれば、俺の恐ろしさが身にしみてわかるだろうよ」
「そうやって、建物を壊させるんだな?」
「いいから、やれよ!」
「断る」
とその時、ヒルデガルトが「水ならいいよね」と言って、水流魔法の構えを見せた。
「ほう、そのちんちくりんが魔法を放つか」
グスタフは、右手を目一杯伸ばして、手のひらを彼女へ向けた。
そして、これから起こることを思い浮かべて笑っているのか、おかしくてたまらないという顔をする。
「ふふふっ。全力で来いよ。ちんちくりん」
ヒルデガルトは、高らかに魔法名を叫ぶ。
「放水砲!!」
すると、彼女の手の先に、直径1メートルほどの朱色に輝く幾何学模様と古代文字の魔方陣が出現した。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
腹に響く重低音がエントランスの天井から床まで震わせる中、魔方陣から大量の水が放出し、瞬時にグスタフを襲った。
だが、その大型放水車並の放水は、大きな破裂音を発して、グスタフの右手の前で消えてしまった。
放水が消えただけではない。
なんと、ヒルデガルトの魔方陣が粉々に砕けてしまったのだ。
彼女は手に衝撃があったらしく、左手で右手を押さえ、痛がっている。
そして、不思議なことに、エントランスには一滴も水滴が残っていない。
「次は、女に守られてばかりいる、そこの腰抜けのハーレム王の攻撃か? 俺に全力の雷でもぶつけてみろよ。ヘロヘロなら許さねえぜ」
グスタフの、にやけ笑いは、止まらない。
そして、右の手のひらをビシッとトールの方へ向けた。
トールは、怒り心頭に発し、長剣を床に置いて中腰になった。
彼は我を忘れ、持てる全力で雷撃魔法をぶつけるつもりになって構えた。
あからさまな挑発に乗ってしまったのである。
ここは、相手の出方を探るべく手加減すべきだったが、気づくのが遅かった
彼の手の先で、直径2メートルの銀白色の魔方陣が、高電圧で唸るような音を立てて光り輝く。
荒ぶる魔法の準備は完了した。
「雷神!!」
彼が高らかに魔法名を叫ぶと、銀白色の魔方陣から、ジグザグに折れて枝分かれした強烈な光が発射された。
横向きの雷は、いつもより太くて、かつ、強烈だ。
凄まじい雷鳴が、エントランスの中で爆発するように轟く。
だが、それも大きな破裂音を発して、グスタフの右手の前で消えてしまった。
さらに、トールの魔方陣が粉々に砕け散った。
「痛ってー!」
彼は、両手に衝撃を受け、痺れる手を大きく振った。
そして、今度は床に置いた長剣を痺れる手でつかみ、グスタフへ突進してそれを思いっきり振り下ろした。
ところが、グスタフは、トールが渾身の力で振り下ろした長剣を右手でつかんでしまう。
真剣白刃取りではない。鋭い刃を持つ剣を、なんと、片手の素手で。
そして、ギュッと指先に力を入れただけで、長剣は折れてしまった。
トールは驚愕のあまり、後ずさりした。
今まであらゆるものを斬ってきた自慢の長剣が、素手で折られたのだ。
グスタフは、床に落ちて光の粒となって消える折れた剣を一瞥し、満面の笑みでカラカラと笑う。
「ハハハ! どうだ! 思い知ったか!? てめえらは絶対に、俺には勝てないぜ」
トールは、全力で放った雷が、自慢の長剣が、いとも簡単に消されてしまい、困惑の極みだった。
そして、あまりの悔しさに、血が滲むほど強く唇を噛みながら問う。
「なぜだ!?」
「知りたいか? よく聞け。俺の右手は、この世界で最強の力を持つからだ。なにせ――」
グスタフはそう言って、右の手のひらをトールの顔面へグッと突き出す。
「全ての魔法を無効化する悪魔の手だからな」




