第152話 一番目立たない隠れ場所
ローテンシュタイン帝国魔法学校は、授業というものに全く感心も熱意もないらしい。
授業中だというのに、トール達の私闘が始まると、生徒は我先にと魔法の箒にまたがって校庭に集まり、見物する。
これに教職員まで、こぞって見物している始末。
こんなにも彼らが夢中になるのは、生で迫力ある魔法対決が見られるからなのだろう。
優れた技のぶつかり合いが、目の前で展開される。
そう言う意味では、見物ではなく、見学なのかもしれない。
いずれにせよ、今回はそれがトールにとって好都合だった。
彼がヒルデガルトと一緒に校庭へ戻ってみると、生徒達がひしめいていて、誰一人として城に戻っていないように見えた。
再登場したトールの姿を見て、パラパラと拍手をする者までいた。
「ヒル。この中に、フェリクスの反応は?」
彼女は校庭の中心まで歩いて行き、そこで30秒くらい時間をかけて、回転しながら周囲を確認した。
そして、顔の前で両手を罰点印に交差させ、残念な結果をボソッと伝える。
「いない」
トールは納得がいかず、自分も校庭の真ん中まで行って、周囲を見渡した。
その時、倒れているグスタフが、ひどく小さくなっているように見えた。
(ああ、魔力で体を膨張させていたのが、しぼんだんだな。
それにしても、ああまで小さかったっけ?
なんだか、闘いを始める時に見たグスタフより、小さく見えるが)
彼はどうしても気になるので、ヒルデガルトを連れて、縮んだグスタフの方へ近づいていった。
どうなっているのか、検分しようという訳だ。
実際に近づいて見ると、やっぱりグスタフはひどく縮んでいた。
その時、間近でグスタフの顔を見たトールは、眼球が飛び出るほど驚いた。
「こいつ、フェリクスだ!」
ヒルデガルトは、はたと手を打った。
「そっか! なんで、太った方が膨張して見えて、小さい方が圧縮したように見えたか、わかった! 太った方がフェリクスで、小さい方がグスタフだったから! 二人の生体データをこのゴーグルに記憶させて、今までフェリクスを探してきたけど、実は、グスタフの方を探していたみたい」
トールは、全て合点がいった。
なぜ、グスタフが、らしからぬ話し方をしていたのかを。
それに気づいたとき、なぜ、年下のフェリクスが舌打ちしたのかを。
二人はお互いに入れ替わっていた、つまり、化けていたのである。
グスタフだと思って戦っていた相手が、実は、フェリクスだった。
教科書を悪戯する姑息な魔法使いかと思っていたが、あのマッスルの戦いをするほどの身体能力があったのだ。
「なるほどね。敵ながらあっぱれ。……おっと、感心している場合じゃないな。グスタフを探そう!」
「ラジャー」
「で、念のため。この校庭には、グスタフの反応はないんだよね?」
「うん。……あ、ちょっと待って。今、木の陰から誰か出てきた」
ヒルデガルトが立ち上がり、ずり落ちる軍用ゴーグルを右手で押さえつつ、背伸びをして遠くを見る。
トールもつられて、背伸びをしながら、彼女と同じ方向を見た。
確かに、校庭の隅に植えられている木の付近で、そそくさと去って行く人物が見える。
どうも、背格好からグラートバッハ校長らしい。
「あ! あれ、あれ! あれがフェリクス、じゃなくって、グスタフ!」
「なにー!? よし!!」
トールは、ヒルデガルトと一緒に、全速力でグラートバッハ校長へ近づいた。
そして、トールは彼の正面に立ち塞がり、通せんぼの格好をする。
「校長先生! いや、グスタフ! ちょっと待て!」
グラートバッハは、非常に不快だという表情の顔を、立ち塞がるトールへ近づける。
「何だね、失礼な口の利き方をして? わしはグスタフではない。彼はあそこで倒れているだろうに」
声は完璧にグラートバッハだ。
でも、ヒルデガルトはトールの横で、この男がグスタフであることを、頷いて合図する。
「いやいや。今見たら、グスタフの顔がフェリクスになっていてね」
「何のことやら、さっぱり」
「とぼけるな! その化けの皮を剥がせばグスタフであることくらい、お見通しだ!」
「でたらめを言うな! 退学にするぞ!」
「退学!? やれるものなら、やってみろ! 校長でもない奴ができるものか! 正体を見せないなら、雷撃魔法、別名、大バッ波を至近距離からお見舞いしようか!?」
「畜生!! ここまで来い!!」
グラートバッハは捨て台詞を吐いて、フッと消えた。
トールは、サラサラヘアの頭をかく。
「あのなぁ……。『ここまで来い』って言うなら、場所くらい教えろよな」
それから彼は、口の周りに手でメガホンを形作り、校庭にいる全員に向かって叫ぶ。
「フェリクスは、校長先生に化けて逃走しました! 彼は勝負を放棄し、卑怯にも、時間切れを狙っています! 今度は他の誰かに化けるかもしれないので、みなさん、ここを動かないでください! おかしな行動をする人がいたら、すぐに教えてください! 学食の時間まで、ここで待機をお願いします!」
そして彼は長剣を準備し、再びヒルデガルトと一緒に坂を走り降りた。




