第151話 もっか逃走中
トールは、軍用ゴーグルをおでこ付近にまで上げているヒルデガルトがイヴォンヌと話し込んでいる場所を目指して走った。
だが、途中から彼の視線の先には、ヒルデガルトがいなかった。
誰がいたかというと、イヴォンヌの隣に立っている真剣な顔つきのシャルロッテだった。
彼女は自分に向けられる強い視線を感じたのか、トールをチラ見した。
それだけで、彼の胸に伝わるドキドキという律動的な響きは激しくなり、心臓は痛みを伴った。
そこで彼は、ヒルデガルトの顔を見ずに声をかけながら、彼女の横を駆け抜ける。
「ヒル! ちょっと来て!」
なぜそうしたのかというと、ヒルデガルトへ顔を向けるとシャルロッテが視界に入るからだ。
視線を合わせるのが怖いトールは、加速してその場を通り過ぎた。
その際に、彼は、シャルロッテが自分を見ていたように感じた。
たとえ、見ていなかったにしても、そんな視線を耳の付近に感じ取ったのだ。
校庭から坂を20メートルほど下ったところで、彼は立ち止まった。
ここは辺りに人がいないので、作戦を伝えるには好都合な場所、と彼は判断した。
ほどなく、パタパタと足音を立てて、ヒルデガルトが走り降りてきた。
そして、彼の前に立ち、気をつけの姿勢で指示を待つ。
彼は、彼女に向けた視線を、一番近くにあった年中組三年生の城へ移し、そこに向けてサッと指さす。
「ヒルのゴーグルって、例えば、あの城の中に人がいる、とか見えるの?」
「大丈夫。これ、透視できる。顔まで見える」
彼女はトールが期待する以上の答えを返すと、おでこにあった軍用ゴーグルを、彼女のやや高い鼻の真ん中まで下げた。
そして、ゴーグルを右手で支えながら、彼が指さす城の方をジッと見つめた。
15秒ほど彼女は無言になった。
たったそれだけの秒数だが、今の彼にとってはイラっとする、しびれが切れる長い時間だった。
「見えないなら――」
「いる」
彼女は、そんな彼にお構いなしのマイペースで、さらっと結果を報告した。
「いる!?」
「うん。女の子が二人。球で遊んでいる」
「なーんだ、女の子か。……あいつかと思ってビビったよ」
「あいつって? フェリクスのこと? それを先に言ってくれれば、『いない』って答えた」
「だよねー。いやー、ごめん。僕が悪かった。探しているのはフェリクス、って言わなかった」
「うん、聞いていない。人を探せるか、しか」
「フェリクスを探してほしい。彼のデータってあるの?」
「ある。『無理に体を圧縮しているように見える』って言ったときの彼の生体データを保存している」
「ラッキー! さすがはヒル!」
「えへへ」
トールは、ヒルデガルトと一緒に全ての城を回ってみた。
校庭へ見学に行った生徒が圧倒的に多いが、中には、好き勝手に遊んでいる生徒が十数名いたこともわかった。
彼は、フェリクスを探しやすくするため、城を無人にすることを考え、全員校庭へ行くように伝えた。教職員もだ。
結局、年少組一年生の城まで探したのだが、フェリクスに関する収穫は何一つなかった。
「ふぅ……。次はどうする?」
ちょっとため息交じりに指示を待つヒルデガルト。
トールは、念のため彼女に確認する。
「そのゴーグルだけど、相手が透明でも見えるよね?」
「当然。アルフォンス・ミュラーの時のこと、覚えてる?」
「となると、ゴーグルに映った人は、透明人間を含めて全員所在を確認した」
「透明人間はいなかったけど、全員、フェリクスの生体データと一致しなかった」
「歩いている最中に、茂みや森も見たよね?」
「見た。でも、そこにもいなかった。」
「ということは……」
「ということは……」
「「校庭のどこかにいる!」」
トールとヒルデガルトは、ハモった。
二人は強化魔法を活用し、校庭を目指して坂を一気に駆け上がった。




