第15話 寛容な猫族
ここに姿見の鏡がないことが幸いした。
ニャン太郎は、自分が小さくなっていることに気づいていない。
気持ちは口調と同じく、大人のまま。
おっと、おっさんのまま、が正しいが。
「俺も一応、男だ」
彼は腹が据わると、頭でグッと扉を押しのけ、馬小屋の外へ目にもとまらぬ早さで飛び出した。
獣の敏捷性は、子供でも侮れない。
それから、草むらをかき分け、視界が開けたところで急停止した。
いた。
炎天の下、畑で農作業をしている民族衣装姿の人々が見える。
ざっと数えて二十人ほど。
よく見ると、全員が頭の上に猫耳が生えていて、尻尾がある!
猫族だ。
「これは都合がいい。犬だったら、わやになるところだった」
彼は、草むらから飛び出して、農作業をしている人々の方へ恐る恐る近づいた。
そして、人々の中から、年配の女性に当たりをつけ、背後へススーッと近づいた。
彼女なら見知らぬ猫を見ても、追い返したり、棒で叩いたりしないだろうと考えたからだ。といっても確信はなく、一種の賭けではあったのだが。
「さて、近づいたはいいが、なんて声をかけよう?」
この人達は、こちらの言葉が通じる人種なのかわからない。
ペラペラと異国語をしゃべって不審がられるくらいなら、動物のふりをすれば良い。
いや、動物だとかえって作物を荒らすとかで追い回されるかも。
彼の心の天秤は揺れ続け、迷いに迷ったが、「えい、ままよ」と動物の声で鳴いてみることにした。
「ニャー、ニャー」
ちょうど年配の女性は、中腰の姿勢で鎌を使い、しつこい雑草を刈り取っていたが、手元に集中しているのか気づかないようだ。
「ニャー、ニャー、ニャー」
今度は声が届いたらしく、女性は背後から突然聞こえてきた猫の声にビクンとした。
そして、声のする方へ恐る恐る顔を向け、不思議そうな顔をして声を絞り出す。
「ヴェアズィントゥジー?(お前さん、誰だね?)」
『やっぱり知らない言葉だ。しゃべっても通じなかったな。鳴いて助かったわい』
ニャン太郎は心の中でそうつぶやきながら、また「ニャー」と鳴き、彼女が穿いている長いスカートの裾をくわえた。
そうして、全体重を使って女性を馬小屋の方へ引っ張る。
「ヴァストゥーンジー!?(何すんだい!?)」
黒猫がなおも裾をくわえてグイグイと引っ張るので、彼女はその先へ視線を向けた。
そこには馬小屋がある。
それで『ああ、この猫が引っ張る先、おそらくあっちの馬小屋に何かがいると教えているに違いない』と感づいた。
どうやら、動物の仕草から彼らの意図することを推測できる勘のいい女性だったようだ。
これは案内人にとって幸運だ。
年配の女性がそばにいた数人の男女に声をかけると、彼らはさらに残りの人々に声をかける。
結局全員がそろって、それまで使っていた鎌等の農機具を持ちながら馬小屋の方へ歩み始めた。
ニャン太郎は、集団の先頭に立って、時々振り返りながら「ニャー」と鳴き、彼らを馬小屋へ誘導する。
猫族の人々は、もしかすると何か怪しいものが小屋から飛び出してくるのではないかと警戒し、銘々は持っていた農機具をギュッと握りしめながら馬小屋へ近づいて行った。
ニャン太郎は扉の前で彼らを振り返り、「ニャー、ニャー」と鳴きながらを頭で扉を押して中へ入っていく。
しかし、先頭の男どもは躊躇した。
彼らがお互いに顔を見合わせていると、後ろの女性陣は男どもが尻込みしていることをさんざん非難する。
仕方なく、男どもは勇気を振り絞って、我先にと扉を蹴って中へ突入した。




