第147話 戻らない記憶
トールは、トントンと左肩を叩かれて振り返った。
見ると、いつの間にか軍用ゴーグルをつけたヒルデガルトがそばに立っていて、ちょっと背伸びをして耳打ちをする。
「なんか変」
「え? 何が」
彼女は、後ろを振り返り、遠くを指さす。
その先では、すでにグスタフとフェリクスが校庭の中心に立っているのが見えた。
フェリクスは、トールを手招きしている。
「彼らが変ってこと? どう変なの?」
「このゴーグルで見ると、太った金髪は、無理に体を膨張しているように見える。逆に、背が低い金髪は、無理に体を圧縮しているように見える」
「どういうこと?」
「うーん、……だから、なんか変」
「おいおい、話が振り出しに戻ったよ。……そういえば、さっきの竜巻。なぜ消えたのか、カルルがなぜ倒れているのか知っている? 見ていたりする?」
「見ていない。でも、周りの生徒の会話が聞こえてきて、それを総合すると、シャルの竜巻から巨大な彗星が現れて、カルルを吹き飛ばしたみたい」
「そうか。大技を使ったから、魔法を使いすぎて記憶喪失みたいになったんだな。でも、なんか、不思議なんだよ。僕の記憶だけないらしいんだ」
「魔法の使いすぎは、たぶん、違う」
「どうして?」
「シャルはおそらく、天空の精霊を召還したと思う。竜巻で見えなかったけど。でも、彗星の魔法らしいから、召還したのはおそらく間違いない。マリーが火の精霊を召喚して魔法を教えてもらった際に、対価として寿命を要求されていた。だから、シャルの場合、対価が『トールの記憶』だったんじゃないかな?」
異世界転生組きっての明晰な頭脳を持つヒルデガルトは、状況判断だけで、恐ろしいほど真実に迫っていた。
トールは、思わず絶句した。
そして、辺りをはばからず男泣きしてしまいそうなほど、深い悲しみに襲われた。
シャルロッテが、自分の記憶を犠牲にしてまで、全員の窮地を脱したのだ。
ヒルデガルトの推理だが、おそらく、間違いないだろう。
彼は、イヴォンヌと話し込むシャルロッテの方へ走っていった。
そして、シャルロッテに深々と頭を下げて、謝罪する。
「ごめん、シャルロッテ! 君は記憶を犠牲にしてまで、僕たちを助けてくれたんだね? ありがとう! その恩返しに、必ず、この戦いに勝ってみせるから」
しかし、シャルロッテは、トールを一瞥するだけで、不機嫌そうに答えた。
「何言ってんの、この人。あんたのことも、犠牲だかなんだかも、知らないわよ! 勝手に話を作らないでよね!」
「僕のことを覚えていないの?」
「あー、しつこい! 人違いじゃないの!?」
彼女の言葉に凍り付くトールのそばへ、イヴォンヌがやってきて、耳元でささやく。
「ここは私達に任せて。まずは、勝負に勝ってね」
トールは、凍り付いた心がイヴォンヌによって溶かされていくのを感じながら、深く感謝する。
「ありがとう、イヴォンヌ。どうか、彼女をよろしく」
トールは引き返し、ヒルデガルトと合流後、グスタフ達の前に立った。




