第144話 怒濤の竜巻
トールは、マリー=ルイーゼを抱きかかえると、イヴォンヌとイゾルデのいるところへ走った。
そして、彼女達にマリー=ルイーゼの介抱を頼むと、元いた位置へ急いで戻った。
ちょうどその時、序列一位の三人がヘルムートの倒れている辺りに到着するのが見えた。
グスタフが指をボキボキ鳴らしながら、口角をつり上げる。
「おい。次は、誰と勝負する? 仲間に限界まで戦わせて魔力を温存した、せこい腰抜け野郎め。その魔力を枯渇させてやるぜ。さあ、来いよ」
トールは、そんな挑発には耳を貸さず、グスタフの足下で黒焦げになって転がるヘルムートを指さす。
「仲間に次から次へと戦わせているのは、君達の専売特許だろ? そこにいる仲間を助けないのか?」
グスタフは視線を落とし、語尾をどんどん上げるような言い方をする。
「ああん? おお、そうだな。踏んづけるかもな! それでくじいたら危ないぜ!! 俺の足がよ!!!」
そして彼は、右足でヘルムートの腹の辺りを思いっきり蹴飛ばした。
肉がぶつかる鈍い音を立てたヘルムートの身体は、よく弾むサッカーボールのように、あっけなく吹き飛ぶ。
哀れな肉塊はトールの頭上をかすめ、そのまま下降することなく校庭のフェンスを越えていく。
「おお! 我ながら、すげー、すげー! 場外まで一直線だぜ! ハハハハハハハハハハ!」
グスタフは、呵々大笑し、腹をよじった。
トールは、人を蹴鞠のように扱う輩に、激しい怒りを覚えた。
そして、巨体のキッカーを睨み付け、拳を振り上げる。
「おい! 彼は12ファミリーの一員だろ!? 仲間なんだろ!? 傷ついた仲間に対して、どうしてあんな仕打ちをするんだ!?」
「かまわねえよ。あんなことじゃ、奴は死なねえ。ちょっと活を入れてやっただけさ。心配すんな。魔力で腹一杯になって、おねんねしているだけよ。……それより、制限時間を忘れたか? まあ、時間が経てばこっちの勝ちだから、このまま何もしなくてもいいんだがな」
「制限時間は忘れちゃいないさ。時間切れには持ち込ませないよ。いざ、勝負!」
トールは、パンパンと右の拳で左手のひらを叩いた。
グスタフもトールの真似をして、手を叩く。
「よし。じゃあ、勝負といこうぜ――」
ところが、グスタフは、左に立っていたカルルの背中をバンバンと叩いた。
「そゆことで、カルル。よろしくな」
グスタフから突如指名されたカルルは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「えっ? えええええっ! マジですか?」
その問いかけは無視され、グスタフとフェリクスは悠然と立ち去っていく。
話の流れ的には、トールVSグスタフなのだが、カルルは納得がいかない。
カルルの視線を背中に浴びる彼らは、振り返りもせず、生徒達の人垣に紛れた。
彼は、深いため息をついてトール達の方へ向き直った。
「じゃあ、さっさと始めるか。では、……三人には、この魔法でどうかな?」
そう言って彼は、右手を高く上げて、指を大きくパチンと鳴らす。
すると、トール、シャルロッテ、ヒルデガルトの順に、彼らの周りだけ竜巻が発生した。
「うわっ! 何よこれ!」
「「……っ!」」
激しい速度で回転する竜巻は、彼らの足下の土砂を巻き上げる。
その土砂が全身を、特に顔を激しくこする。
息ができない!
まるで、ミキサーの中に埋もれたかのようだ。
シャルロッテは、両手で口を覆い、指のわずかな隙間から空気を吸う。
おそらく、トール達もそうしている、と思った。
しかし、隙間から空気と一緒に細かい土砂が入り込む。
それは鼻腔の奥まで侵入してくる。
体を動してここから逃れようとしても、風の勢いで動くことができない。
彼女は、この竜巻の狙いがわかった。
この渦の中で土砂を回転させ、窒息させるのだ、と。
息が苦しい。
一刻も猶予はない。
シャルロッテは、決心する。
そして、左手で口を覆い、右手を高く上げた。




