第143話 オーバーフロー
突然、ヘルムートが青ざめた。
魔力が満タンになったが、火柱は止まらない。
吸収できない魔法を、これでもかこれでもかと浴びせられているのだ。
彼は炎から逃れようとした。
しかし、動こうにも、激しい炎が体を縛るように取り囲んでいて、動けない。
炎の中から脱出できないでいる。
彼は今更に気づいた。魔力を吸収することに夢中だったので気づかなかったが、実は、最初から炎に束縛されていたことを。
「ヤバい! これは、ヤバい! 一応、魔力を放出させないと! オーバーフローする!!」
彼は、慌てて魔力を放出しようとしたが、炎によってそれが遮られる。
体に魔力の束がねじ込まれるようだ。
その吸収は限界に達し、ついにオーバーフローした。
すると彼は、苦悶の表情を露わにする。
「や、……やめろ! こ、これ以上、ま……魔力を……浴びせるな! 一応、……限界……なの……に」
しかし、無慈悲な火柱は、さらに勢いを増す。
炎の上に炎が覆い被さった。
そして、灰をも焼き尽くさんばかりに、高温になる。
燃えさかる炎の音は、耳を塞いでも鼓膜に達するほど激しくなる。
これは正に、火炎地獄。
劫火そのものだ。
「ぐっ……! ま……ま……さか……この……俺……が、……一応、……序……列………二………位…………が」
拷問されているかのごとく、もがき苦しむヘルムート。
やがて、ゼンマイが切れかかる人形のように、動きが失速していく。
そして、口を大きく開け、左手で喉をつかみ、右手を上げて何かに捕まろうとするポーズを取った。
そこで動きが止まる。
ほどなく、彼は崩れるように倒れ込んだ。
「よっしゃああああああああああっ!!」
フェニクスがありったけの声を上げ、飛び上がりながらガッツポーズを取った。
マリー=ルイーゼは、フェニクスが腕を放したので、火柱の放出を止めた。
そして、そのまま腕を両膝に下ろし、前屈みの姿勢になる。
大量の魔力を一気に使用したため、精神力までも激しく消耗している様子だ。
彼女は肩で大きな息をし、気の毒なほど喉がぜいぜいと鳴った。
「か、勝っ……た」
彼女はその言葉を残すと、意識が遠のき、体を折るように倒れ込んだ。
フェニクスは、しゃがみ込んで、マリー=ルイーゼの耳元でささやく。
「やりゃできんじゃん。あの半分の時間でへばると思ったけど。よくやったよ。上等、上等。……あ、それから、今回はおまけしてやる。対価は、寿命半年。儲かった分は、まあ、有効に使うんだな。恋愛とかに」
そして、彼女はウインクをして、マリー=ルイーゼの肩をポンポンと叩く。
「好きなんだろ? 彼氏のこと。告っちゃえよ」
そう言うと、フェニクスはトールをちらっと見て立ち上がり、光に包まれて煙のように消えた。




