第140話 魔法を糧とする少年
トールは、雷撃魔法の構えをやめ、ゆっくりと、力なく立ち上がった。
『すべての魔法を吸収するから』
ヘルムートの言葉が、耳の中でリフレインのように鳴り響く。
確かに、ヒルデガルトの大量の水を、吸い取り紙のように吸収した。
自分の雷も、蓄電池のように、全て吸収した。
そのような相手に、どう対抗すれば良いのか。
まるで見当が付かない。
端から見た彼は、どう見てもふぬけのようになっていた。
そんな彼に業を煮やした二人がいた。
「とりゃあああああっ!」
「えいやあっ!」
シャルロッテとマリー=ルイーゼが剣を構えて、猛然とヘルムートへ斬りかかった。
半ば無気力になって呆然と立ち尽くすトールを援護するためだ。
自分たちが代わりに戦う間、策を考えてくれる、という期待もあった。
ヘルムートは、左腕をシャルロッテの方へ、右腕をマリー=ルイーゼの方へそれぞれスッと伸ばし、手のひらを向ける。
「消えろ」
彼がその言葉を口にした途端、手のひらから猛烈なつむじ風が飛び出した。
「「キャー!!」」
彼女達は、木の葉のように飛ばされ、トールの後方に転がっていく。
「面白いように飛んでいったな。次に飛ばされたいのは、誰だ?」
ヘルムートは、トールとヒルデガルトの方へ腕を向けた。
「まだまだよ!」
シャルロッテが起き上がって、またヘルムートめがけて突進した。
「負けてたまるか!」
マリー=ルイーゼも彼女に続いた。
しかし、果敢に突進した彼女達は、ヘルムートのつむじ風で元の位置まで飛ばされた。
それだけではない。日本刀も燃える剣も消されてしまった。
這いつくばり、砂を噛まされ悔しがる二人。
どうにもこうにも、相手が強すぎるのだ。
ヘルムートが、歯をむいて笑いながら種を明かす。
「ハハハ! さっきもらった魔力を、一応、そのまま攻撃に使わせてもらったよ! 相手の攻撃で魔力を供給できるから、こんな楽なことはない! おらおら! もっと俺に魔力をよこせ!」
ここまで言われると、誰も魔力で攻撃する気にならない。
かといって、剣で攻撃しようとしても、さきほど蓄積した大量の魔力を小出しにするだけで、後ろに飛ばされる。
手も足も出ないとは、このことだ。
「さあ、どうするよ? 一応、待ってやるぜ。もし降参するなら、這いつくばって、命乞いをしろ。全員だ!」
トール達は、もちろんそんなつもりはないので、睨み返す。
「まだやるのなら、一応、目の前で一人ずつ、これから見せる魔法で八つ裂きにしてやる。最初は、その金髪豚からな」
ヘルムートはそう言うと、右手の5本の指の爪がぐんぐん伸びてきた。
すると、それは銀色になり、30センチメートルくらい伸びたところで、先端が鋭利になった。
「この爪、たいしたことないように見えるのが欠点なんだが、一応、どんな剣でも折れるぜ。今まで一度もこの爪を折る剣に出会ったことがないね。さあ、これで肉をざっくりといこうか?」
そうして、シャルロッテに向かって、ゆっくり歩み出した。
彼女は、地べたに座ったまま、後ろに下がる。
マリー=ルイーゼが、よろめきながらも立ち上がった
「ちょっと待った!」
ヘルムートは、立ち止まり、彼女の方へ顔を向ける。
「何? お前が俺と勝負するのか? まあ、一応は、かまわないが。」
「ああ、勝負しよう。ただし、そんな爪と剣での勝負じゃない。魔力で勝負だよ」
「はあ!? 馬鹿か、お前!? さっき、言ったろ? 一応、もう一度言っておくが、俺に魔力を供給することになるぜ。そんなに供給したいのか?」
「したくはないけど、それしか方法がないからね」
「おいおい。ハーレム王のところの女は、いかれているぜ! 一応、忠告したのに無視しやがって! 敵に魔力の糧をたんまり渡して戦うだとよ! ハハハ!」
「好きなだけ笑うがいい。いかれている方が負けるとは、限らないのさ」
「ほほう。ど阿呆がこの世界で、一応は最強とでも?」
「ど阿呆は、どっちかな!?」
マリー=ルイーゼは秘策でもあるのだろうか。
彼女は、ニヤリと笑って、力強く右手を高く上げた。




