第14話 馬小屋の珍事
「おい、お前! 起きろ!」
その声は、ニャン太郎。
でも、姿は黒猫の子供だ。前より一回りも二回りも小さくなっている。
口調はおっさんっぽいが、声は子供だ。
彼は先ほどから、眠りこける全裸の男の子の肩を、両方の前足で揺さぶりながら声をかけている。
しかし、男の子は両腕で膝を抱え、その膝と鼻をくっつけるように丸まって横になり、寝息を立てたまま。
さっきから、胎児のような体勢をして、一向に起きる気配がないのだ。
ここは、とある田舎の馬小屋の中。
馬が踏みつけて地べたが見えるほど薄くなった藁の上。
つい先ほどまで小屋には馬が3頭いたのだが、飼い主から畑を耕すために駆り出されたばかりで、馬とまぐさの臭いだけが残っている。
そのおかげで、ここにストロボのように強烈な光を伴って人間の男の子と黒猫の子供が現れるという珍事を馬が目撃しなくて済んだ。
もし馬がそれを目にしたら、いなないた挙げ句に、後ろ足で彼らを蹴り上げていたことだろう。
体重が400キロ越えの馬なんかに蹴られると、大人のあばら骨は簡単に折れるから、子供なら致命傷にもなりかねない。
男の子は、転生した一乗ハヤテ。
サラサラヘアの髪型、長いまつげ等の顔の特徴は生前とそっくりだが、背格好が小さく、若返って見える。
実は、死後の世界であの女神みたいな女が彼を異世界へ転生させるとき、指をパチンと鳴らすことで、赤ん坊ではなく同じ年齢になるように術をかけたのだが、年齢を読み間違えて12歳になってしまったのだ。
ニャン太郎まで子供になっているのは、彼女が術を間違った影響だろう。
ハヤテが目を開けようとしないので、ニャン太郎はなおも揺さぶり続ける。
しかし体格が子猫であるが故、何分にも力が弱く、少し小さくなったハヤテであっても、ほとんど動かない。
と突然、まばゆい光が馬小屋の壁という壁を白く光らせたかと思うと、ドスンドスンドスンと何か重量感のあるものが空中から落ちてきた。
もう少し藁が多ければクッションになったのだが、いかんせん、申し訳程度にしか藁が残っておらず、破れたせんべい布団状態だったから、上から落ちてきたものを優しく受け止めることはできなかった。
ニャン太郎は、ビクンとして腹ばいになり、音のした方へ直ぐさま振り返る。
「ギョギョギョ!! こりゃ目の保養だ、……じゃなくって、こりゃ一大事だ!」
彼が心底驚いたのも無理もない。
なんと、カリン、ナナセ、アオイの三人が藁の上へ落ちてきたのだ。
しかも全裸で。
髪型、顔の特徴等は生前とそっくりだが、年齢もハヤテと同じく12歳になって、背格好も小さくなっている。
それでもナナセの鎖骨の下は、12歳とは思えないほど立派だったが。
ニャン太郎は、ハヤテと彼女達の間を行ったり来たり、周章狼狽する。
しかし、慌てふためいて騒いだところで、こうも非力ではどうすることもできない。
現に四人とも、騒ぎの中でも眠ったままである。
「さしあたって服を調達するか? でも俺にはそんな力はないぞ。どうしよう……」
そこで彼が選択した行動は、『人を呼びに行く』だった。
ここがどこかもわからないのに、それが危険なことは百も承知の上。
何度思いとどまったことか。
でも、この辺りがもし危険な場所だったら、いつもなら第六感が働いて背中の毛が逆立つが、今は何も感じない。
耳を澄ましても、鳥達は、小屋の外で差し迫った危険が何一つないことを訴えているかのようにさえずっている。
彼は、馬小屋の扉を見た。
扉は開け放たれたままになって、風がゆっくり開け閉めしている。
そこから、青い草の匂いがする。
あれは、藁のような干し草の匂いではない。
彼はそこへ向かって、腹を地面にこするくらい低い姿勢になり、音を立てないように近づいて行く。
そよ風から少し強い風に変わった。
今度は、扉が外の草むらを見せたり隠したりと意地悪をする。
「やっぱり、外は草むらか」
そこで、彼は額で扉を押し、ひょいと外をのぞいてみた。
残念ながら、草むら以上の物は目に入ってこない。
「どうする!? 行くか、行くまいか!?」
逡巡するニャン太郎。
彼の体は、前後に揺れていた。




