第139話 吸収される魔法
「僕と勝負しよう。その前に、隣の校庭へ行かないか?」
トールの提案に、ヘルムートは首を横に振る。
「はあ? また新しい穴を開ける作戦か? そして、俺にまた穴を埋めさせる気か? 一応、ここは学校だぜ。施設をそう簡単にボコボコと壊すんじゃねえよ!」
「いや。観客が多すぎるし。大技を使うと、周りが危ないから」
ヘルムートは、辺りの人垣を見渡す。
おそらく、全校生徒と教職員が揃っているくらいのギャラリー数だ。
「知るか! 巻き添え食らう奴が悪い。過去に何人か、私闘の見物人が巻き添えで死んでいる。一応、連中は理解しているはずだ。……じゃ、始めるぜ!」
その声を聞いて、グスタフ達三人が駆け足で去って行き、人垣の中に紛れ込んだ。
ヘルムートは、地面の凸凹を気にしつつ、校庭の中心まで歩いて行く。
そして、トールの方へ振り返り、右手をポケットから出して、指でカモンのポーズを取る。
「来なよ。一応、そっちが先行だ。全力で俺に魔力をぶつけてみろよ。一応、受け止めてやるぜ」
トールは、後ろを振り返り、五人を手招きする。
そして、手短に作戦を説明した。
しきりに彼女達が頷く。
説明が終わると、イヴォンヌとイゾルデは、ギャラリーの中へ隠れた。
残りの三人は、右からシャルロッテ、マリー=ルイーゼ、ヒルデガルトの順に、お互いが5メートルくらいの距離を置いて横一列に並んだ。
そして、トールと10メートルくらいの距離を置いて、彼とともにゆっくり歩いた。
トールは、ヘルムートと15メートルほど距離を置いて立ち止まった。
彼女達も止まり、身構える。
「「「剣!!!」」」
トールとマリー=ルイーゼは剣を、シャルロッテは日本刀を取り出した。
「おいおい。その距離で接近戦の武器かよ。そんなに俺が怖いんだ。一応、序列二位のミヒェル伯爵家に敬意を表している? 嬉しいぜ」
「……」
「カッカッカッ!! 声も出ねえみたいだな!? 超、おもしれー! 最強野郎がビビっているぜ!!」
「笑うのも今のうちだ! ヒル! お願い!」
「放水砲!!」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
腹の底から響く巨大な重低音を伴って、円柱のような水流がヘルムートを襲う。
彼は、のけぞった。
やったのか!?
いや、違う。
彼は、仰向けになった上体を地面と水平方向に保ったまま、つまり、のけぞったまま立っている。
そして、水を大量にかぶりながらも、ゆっくりゆっくり起き上がった。
全身に水流を受けていても、不思議と倒れない。
ヒルデガルトは、相手が恐ろしくなり、放水を中断した。
ヘルムートは、もちろん、びしょ濡れだった。
しかし、服が水を吸い込んでいるのが見える。
それだけではない。
顔も手も、水を吸い込んでいる。
さらに、周囲に大量にまかれた水までも、ズルズルと吸い込んでいるのだ。
「なるほどねぇ。最強野郎の手下は、一応、それなりの魔法使いか。うまい水をありがとうよ」
ヘルムートは、舌なめずりをして、右手で口を拭いた。
周囲の水は、完全に消え、放水前の状態に戻っていた。
「お次は? お前の後ろのナイスバディ? 一応、俺の好みだけど」
「いや。僕からだ」
トールは、中腰になり、全身に気合いを込めて雷神の魔法を準備した。
「なんだそれ? 笑える構え」
ヘルムートは、鼻で笑った。
「雷神。別名、大バッ波だ」
トールは、日本語の魔法名を得意げに付け加えた。
「「「はあ???」」」
彼女達三人がハモった。
「なんだあ? だいばっは? 『ばっは』って一応小川だよな? 『だい』って何? 『君の』の発音間違えじゃね?」
ヘルムートが左右に首をかしげた。
トールは、最初、剣圧で吹き飛ばすことを考えた。
しかし、水をあのように吸い込むなら、衝撃波も吸い込まれるような気がしたのだ。
ならば、雷撃魔法で一気に片をつける。
他の三人は、まとめて何とかする。
それが彼の作戦だった。
しかし、その作戦が甘かったことは、後でわかる。
魔力の充填が完了したトールは、体にひねりを入れてから両腕を突き出し、高らかに「雷神!!」と叫ぶ。
トールの銀白色の魔方陣から、ジグザグに折れて枝分かれした、まばゆい光が発射された。
横向きの雷がヘルムートを襲い、彼は全身が爆発するように光った。
雷鳴が校庭を転がる。
生徒も教職員も、震えながら耳を塞ぐ。
渾身の一発逆転の魔法。
あの強敵エレオノーレだって、一撃で瀕死の状態になったのだ。
ポケットに手を突っ込んで、ひょうひょうとしているような痩せ型の少年は、棒きれのように飛ばされ、校庭に転がり、後悔した顔を天に向けるはず。
しかし、光が消えると、彼は立っている。
まだ全身から放電の光が見えるが、何事もなかったかのように、両手をポケットに突っ込んでいる。
少し前屈みになり、膝をちょっと曲げ、ほんの少し音楽のリズムを取るように体を動かし、嬉しそうに笑っている。
トールの頭の中で描いていた勝利の図は、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
ヘルムートは、体を揺すりながらニヤニヤと笑う。
「ひゅー。これでエレオノーレを倒したんだ。一応、褒めとくよ。俺も、ちょっとは痺れたしね。……しっかし、楽しいねー。これ、必殺技だろ? 相手の必殺技が効かないって、最高に楽しいんだけど」
トールは、へなへなと腰が抜けそうになるのを必死に堪えた。
あの雷撃魔法が、全く効かない。
どういうことだ?
魔力をセーブするため、手を抜いてしまったのか?
彼はもう一発お見舞いしようと構えた。
ところが、ヘルムートは、右手を前に出して、人差し指を左右に揺らす。
「チッチッチッ。それ、だいばっは、だっけ? 何度やっても無駄だよ。なにせ、一応、俺は――」
彼は、右手でサラサラヘアを掻き上げ、歯をむいてニヤリとする。
「すべての魔法を吸収するから」




