第137話 黒のタートルネックの男
鳴り止まない拍手の中、エレオノーレが倒れている付近で何やら喧噪が始まった。
すると、拍手が潮を引くように消えていく。
代わりに、ザワザワと話し声がごった返した状態になった。
穴の底から見上げているトールには、穴の外で何が起きているのか、さっぱりわからない。
ヒルデガルト付近の人垣が少し開いているので、そちらに跳んで確認しようとしたその時、喧噪が始まった現場付近で、ひどく痩せた男が穴の縁までやってきて、しゃがみ込んだ。
ズボンは制服のようだが、上は黒のタートルネックという、Tシャツ姿の男だ。
「よう。一応、英雄気取りの一年坊主」
少し高い声の持ち主だ。
この声が発せられると、辺りは水を打ったように、しんとなった。
薄ら寒い風の音だけが耳朶を叩く。
「年中組二年生のスター、いや、一応、この帝国魔法学校のスターというべきエレオノーレ・アドラーを、使い魔共々瀕死の状態までぶちのめすったあ、相当な度胸があるぜ」
彼が、サッと髪をかき上げる。
遠くで分かりにくいが、トールと同じ、サラサラヘアらしい。
「一応、手加減なくやってくれるじゃん」
その言葉にトールはドキッとした。
確かに、調子に乗って手加減をしなかった。
それで、相手が瀕死だという。
もし死んだら?
そう思うと、彼は震えが止まらなくなってきた。
「おら! てめえら! 一応、後ろに下がれ! そこも! そこも! そこも!」
彼は、穴の周囲にいる生徒達を次々と指さした。
見学者達は、一斉に後ろに下がって姿を隠した。
ただ、シャルロッテ、マリー=ルイーゼ、ヒルデガルトだけは残っていた。
「こらあ!! そこの女ども!! 穴に落ちたいのか!! 落ちたくなけりゃ、一応、下がれってんだ!!」
男は、三人を恫喝する。
さすがの彼女達も後ろに下がって、姿が見えなくなった。
穴の縁は、仕切る男だけになった。
「さあって、修繕でもすっか。一応、学校だからよ」
男は、よっこっらしょと立ち上がると、両手をズボンのポケットに突っ込む。
そして、下を向き、上を向き、トールを見下ろした。
「そーらよっ!」
男はそう言うと、右足を振り上げ、ドスンと踏み下ろした。
すると、それが合図となり、大地がぐらぐらと揺れ始めた。
トールが辺りを警戒していると、突然、穴の中へ土砂が滝のように降ってくる。
(まずい! 穴が土砂で埋められる!)
トールは、一気に穴の縁まで跳躍した。
ところが、着地した地面の土砂がズルズルと穴の中に滑っていく。
慌てた彼は、地滑りがない位置までさらに跳躍した。
穴の縁にいた男は、自分とエレオノーレ達の周辺だけ地面の土砂が動いておらず、ポケットに手を突っ込んだまま、穴が塞がっていくのを見ている。
実に長い地響きだった。
直径50メートル、深さ10メートルの大穴は、みるみるうちに周囲の土砂で埋められていく。
トールも生徒達も、ただただ口をあんぐりと開けて眺めているしかなかった。
そして、いびつながらも校庭は、男の口癖の通り『一応』平らに戻り、地響きが収まった。
修繕が完了したらしい。




