第134話 剣を折る剣
エレオノーレは、前傾姿勢を保ったまま、坂を大股で駆け下りてくる。
まるで弾丸の速さだ。
10メートル上の穴の縁にいた黒スーツ姿の麗人は、2秒でトール達の眼前に迫って、ピタリと停止した。
トールは、慌てて長剣を振り下ろす。
シャルロッテも、動揺してレイピアで突きを繰り出す。
エレオノーレは、瞬時に顔の前で二本の剣を交差させ、両方の剣を同時に斜め上へ振り上げた。
キイイイイイン!
折れたレイピアの上半分が、銀色の光の軌跡を描きながら、宙を舞う。
一方、長剣が弾かれ、上段の構えに戻される。
トール達は瞬時の出来事に、何が起きたのかわからなかった。
柄を握る手首が痛い。指が痺れる。
「ハハハ! 細い木の棒でも折ったような感じだ」
黒い剣が、ギュンターの声で高笑いする。
「くくくっ! 骨が折れていても、こんななまくらの剣なら楽に跳ね返せる」
赤黒い剣が炎を上げながら、アドルフの声で笑う。
トールは理解した。
これは、エレオノーレの腕の力ではない。
剣に変身した使い魔の力なのだと。
エレオノーレが上体を起こして、黒い剣をシャルロッテの鼻先へ突きつける。
「さあ、どうする? 剣は折れたが」
トールが援護に動くと、エレオノーレは振り返りもせず、赤黒い剣を彼に突きつけた。
その威圧感。
彼は、剣になったハンスが自分の首を切ったことを思い出した。
今突きつけられている剣がひとりでに動くかもしれない。
彼は、剣を構えたまま立ちすくむ。
シャルロッテは、2メートルほど後ろに下がって「剣!」と叫ぶ。
すると、左手の先に魔方陣が出現し、今度は日本刀がヌッと出てきた。
トールに加勢したときに使った刀だ。
「あたしの剣は、何本でも出てくるわよ!」
シャルロッテは、日本刀を両手でしっかり握り、エレオノーレと対峙した。
黒い剣は、それが見えるらしく、感心した声を上げる。
「ほう。なかなかやるな。でもそれは、剣というよりは刀だな。いずれにしても、何本出てきても、すべて折ってやる」
「うっさいわね! 細かい男は嫌われるわよ! 折れるものなら、折ってみなさいよ!」
シャルロッテは、日本刀を振りかぶり、袈裟懸けに黒い剣へ切りつけた。
キイイイイイン!
日本刀は、金属音の悲鳴を上げて、真っ二つに折れた。
「うっそ! なんでこんな簡単に折れるのよ!」
「おらおら! 次の剣でも出してみろってんだ!」
勝ち誇る黒い剣は、彼女を挑発する。
「剣!」
シャルロッテは、今度はジグザグに折れ曲がった剣を取り出した。
「ハハハハハハハハハハ! なんだそれは!?」
黒い剣は、おかしくてたまらないらしく、エレオノーレの右手の先でユラユラと揺れている。
「見てなさいよ! えいっ!」
これも、黒い剣相手に、あっけなく真っ二つに折れてしまった。
「シャル! 逃げて! この剣はメチャクチャ強い!」
「くやしー! トール、任せたわよ!」
シャルロッテは、強化魔法を全開にして、ホップ・ステップ・ジャンプで穴の縁まで跳躍し、マリー=ルイーゼ達と合流した。
彼女の背中を見送ったエレオノーレは、肩をすくめる。
「まるで手応えがない。威勢はいいが、あんな剣捌きでは、素人未満だ」
そして、今度はトールの方へ向き直り、見下すような目つきで笑った。
「次に折れるのは、君の剣かな――」
そう言い終わるより早く、エレオノーレは二本の剣を瞬時に振りかぶり、トールに向かって振り下ろした。
とっさのことで面食らったトールは、辛うじて後ろへ跳んだ。
しかし、彼女の剣が衣服をかすめ、一部が切り裂かれた。
それが彼女の剣戟ショーの幕開けであった。




