第131話 激戦さなかの初キス
彼には『おそらく間違いないだろう』と確信していたことがあった。
自分と誰かが一緒に城の屋上にいると、一緒に校庭へ連れ戻される。
なぜか?
一緒にいるからだ。
ならば、別々の場所にいれば、もしかしたら一緒に連れ戻されることはない、というのが彼の推理だ。
それで、彼はイヴォンヌを教職員用の城の近くにある茂みに隠し、自分だけ年少組一年生用の城へと走った。
城に到着すると、ちょうど誰かの落下が始まったところだ。
彼は慌てて屋上まで跳躍し、さらに空中へ跳んだ。
今度はシャルロッテだ。
彼は、彼女を空中でしっかりキャッチすると、またもや膝のクッションを利用して屋上へ優しく着地した。
強化魔法を使っているので、彼女を楽々抱きかかえられるから、一連の動作がよどみない。
トールは長剣を魔方陣の中にしまい、シャルロッテを膝に乗せる格好で正座した。
左腕を枕代わりにし、彼女を仰向けにする。
彼は、不安だった。
彼女が目をつぶったままなのだ。
見れば見るほど、そっくりさんのアバターに見えてくる。
「まさか、偽者じゃないよな?」
彼は、それを確認するため胸を見る。
起伏がない。
あまりに幼児体型の胸。
「やっぱ、偽者かな?」
イゾルデを背負ったときは、男の胸みたいだった。
(同じかもしれない)
彼はそう思って、彼女の胸にソッと触れた。
次の瞬間、彼は目を大きく見開いた。
(ん? ……あるっぽい?)
と突然、カッと目を見開いたシャルロッテ。
跳び上がらんばかりにギョッとするトール。
彼の右頬へ、彼女の平手が目にもとまらぬ速さで飛ぶ。
「こらあ!! 何すんのよ!!! トールの馬鹿!!!!」
左利きの彼女が放つ強烈な一撃に、彼の目から火花が出た。
「ゴメン! 偽者かと思って、確認するため、つい……」
激しく殴打された頬をさすりながら、彼は素直に謝った。
「何言ってるのよ! 本物よ! 怖かったんだからね! あんな空高くに吊されて!」
だんだん彼女の声が泣き声になる。
「ほんと、ゴメン! 悪気はないから、許して!」
「さっきの胸タッチ!! 責任取ってよね!!」
トールは、躊躇逡巡する。
シャルロッテは、彼の言葉を待つ。
見つめ合う二人。
「でもさ……、トール」
「え?」
「トールは、あたしのこと、大切に思って助けてくれたんだよね?」
「うん」
「これからも、そうだよね?」
「うん」
「ずっと、だよね?」
「うん」
「……助けてくれて、ありがと」
彼女は、そう言って目を閉じる。
そして、自分の唇を素速く彼の唇に重ねてきた。
唇の柔らかい感触。
伝わる暖かい体温。
唇の隙間から入り込む彼女の甘い吐息。
異世界ではもちろん、前世でも未体験のキス。
彼は、突然の初体験に、大いに戸惑った。
しかし、徐々にその戸惑いは消えていった。
消えなかったのは、心臓がドクンドクンドクンと鳴る早い鼓動。
彼女の唇はいつまでも離れない。
さらに、彼女の両腕が彼の背中へ回る。
両手が彼を引き寄せた。
心臓の鼓動が加速する。
体全体が、暖かみに包み込まれていく中、彼も目を閉じた。
そして、自分の方からも、唇を軽く押すようにして――。
彼女の指先に力が入る。
もう少しこのままでいたい。
戦いなんか、忘れたい。
時よ、止まれ。
そう願ったトール。
だが、ここでまたもや意識を失ってしまった。




