第129話 イヴォンヌの作戦決行
トールが城の近くまで来たとき、ちょうど誰かが落下を開始した。
「ええい! どっちでもいい! 助けるんだ!!」
迷いは吹っ切れ、彼は力強く跳躍した。
落下しているのは、イヴォンヌだった。
彼はいったん屋上に着地し、さらに空中へ跳んだ。
そして、左手に剣を抱えながらも彼女を見事キャッチする。
後は、膝のクッションをうまく使って、屋上へ優しく着地した。
衝撃を少しでも減らそうという配慮からだ。
トールは、しゃがんだ姿勢のまま、イヴォンヌを屋上に横たわらせた。
すると、彼女が「ううん……」と声を上げて、薄目を開いた。
彼は心の中で『よかった! 思った通り、本物の人質だ!』と叫ぶ。
そして、深く息を吐いて安堵した。
「気づいたようだね」
彼は、彼女を愛おしく思っているかのように声をかけた。
すると、彼女がパチッと目を開けて上体を起こす。
そして、「怖かった!」と泣きそうな顔を彼の胸に埋め、両腕で抱きついた。
彼女の暖かい吐息が、服を通して彼の胸に伝わる。
「そうだ、安全な場所へ移動しよう」
トールは屋上の扉に目を向けた。
すると、彼はイヴォンヌに両手で顔をつかまれ、視線を強制的に彼女の方へ向けさせられた。
「何? どうしたの?」
「私の目を見つめて」
「いやいや、急に言われても。男だって、心の準備が――」
「お願い、見つめてちょうだい」
「だから、どうして?」
「6秒間でいいの」
「ん? 6秒? なんで6秒間なの?」
トールは眉をひそめ、ぷいっと横を向いた。
彼女は大いに焦り、とっさに嘘をつく。
「あなたをずっと見つめたいの」
「6秒間、ずっとねぇ……」
「お願い!」
「それってさあ、……僕が知らない何かの魔法かな?」
彼はそう言って、決して目線を合わせない。
彼女は青ざめた。
完璧に気づかれたのだ。
二人だけで、しかもいい雰囲気。
願ってもない大きなチャンス。
だが、取り返しが付かない失策で、それは消え失せた。
「まあ、とにかく、安全なところへ行こう」
トールは横を向いたまま、イヴォンヌを抱きかかえて立ち上がった。
ところが、またまた彼は記憶を失った。




