第126話 密閉空間の悲劇
「吹き飛べええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
トールのこめかみ、首筋、拳に太い血管が浮き上がった。
そして、裂けんばかりに大きく口を開き、憤激の形相で咆哮する。
高く振り上げた拳に渾身の魔力を凝縮。
その拳が、風を切り裂く音を立てながら、大地へ振り下ろされた。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
榴弾が炸裂したような大音響と、立っていられないほどの激しい縦揺れ。
目撃者達は、地面に身を伏せ、仰ぎ見る。
彼らの目に映るのは、巨大な円柱になって吹き上がる土砂。
瞬時に結界の天井に達した土砂は、四方へ拡散する。
土砂はたちまち、火災の煙のように結界内を充満した。
そこに現れたのは、まさに土砂のドーム。
結界の形状が暴露された瞬間だ。
一方、結界の中へ目を転じると、この密閉空間の中での大爆発は、カオスであった。
急上昇する土砂の円柱は、ちっぽけなキンシコウのハンスを瞬時に飲み込んだ。
土砂はさらに、上空で待機していた大量の槍を巻き込み、挟まれたハンスを紙のように押しつぶして上へ上へと吹き上げる。
それらは、上空にある見えない結界の壁へ激しく衝突。
こうして逃げ場を失った土砂は、槍を含んで周囲へ拡散した。
だが、無数の槍は、魔法でこしらえたもの。
それらは、たちまち光の粒となって土砂を輝かせ、天空の星々がすべて引力で落ちてきたかのように降り注ぐ。
主が倒れたことにより、術が解けたのだ。
そうした混沌の中から、三つの半透明の大きな球体が、結界の天井付近に現れた。
それらは何かを包み込んでいる。
ドーベルマンのギュンター、ドラゴンのアドルフ、そしてエレオノーレだ。
おそらく、爆発直後にこのような球体を出現させ、その中に避難したのだろう。
「ギュンター、助かったよ。すんでの所でこの球体の結界を出すとは、さすがだな。で、そっちは大丈夫?」
「お嬢。ご無事で、なにより。こっちは、まだ耳がジンジンして、よく聞こえねえ。お嬢とアドルフまではこの魔法の球体で防ぐのが間に合ったが、ハンスまでは……。かわいそうなことをした」
「アドルフは?」
「ゲホゲホ。泥を少し吸い込んでしまったわい。しかし、あいつは馬鹿か? 地面をこんなに陥没させやがって」
彼らは、眼前に広がる大穴を呆れた顔で見つめた。
まるで隕石の衝突でもあったかのようなのだ。
トールの予測通り、結界はエレオノーレ達を中心として、半径30メートルのドーム型だった。
その中心付近にて、トールが拳を振り下ろして開けた大穴は、直径50メートル、深さ10メートル。結界と穴の縁までは5メートル。
今まで彼が陥没させた穴の中では、最大規模である。
土砂の煙が徐々に晴れてきた。
エレオノーレら三人は、穴の底でぼろ切れのようにクシャクシャになったハンスを発見した。
すると、ハンスがユラユラと動いた。
立ち上がろうとしているのか?
いや、違う。
彼の周辺の土が、ボコボコと音を立てて盛り上がり、ハンスを無慈悲に転がすと、人を背負った人間がむくりと現れた。
泥だらけの英雄の登場である。
トールは、これだけの拳の破壊力で土砂を吹き上げても、彼を守っている防御魔法で自分にはほとんど被害がない。
彼は、左手に持っていた長剣を土に刺し、イゾルデを左手で背負い直すと、長剣の柄を右手でガシッと握った。
すでに息がないハンスへは、一瞥もしない。
三つの半透明の球体は、ゆっくり落下する。
そして、わずかに残る地面へ着地すると、縦方向に二つに割れてフッと消えた。
もしトールがその場にいたら、『君達は桃太郎か?』と笑っていただろう。
中から出てきたエレオノーレ達は、穴の縁まで歩み寄り、下を覗き込む。
「すっげえ! 間近で見ると、クレーターだ!」
アドルフが感嘆の声を上げた。
「隕石の衝突でできたって感じだな。これを拳の一撃で開けるとは、全くもって肝が冷えるぜ」
ギュンターは、目を丸くし、少し体を震わせた。
「ああ。トールとの殴り合いは、絶対に避けないといけない。となると、『あれ』でしか決着がつけられないわけだ。よいな? ギュンター、アドルフ」
「「へい!」」
ギュンターとアドルフはハモった。
エレオノーレは大きなため息をつき、視線だけはトールに釘付けにしつつ、上体を起こした。
彼女の『あれ』とは、何か?
いずれ、わかるときが来る。




