第123話 時間制限の卑怯な戦い
教室で宙に浮いていたトールは、意識が一瞬飛んだが、すぐに回復した。
その時、目の前に箒を持ってこちらを不思議そうに見ている大勢の生徒がいるので、困惑した。
周囲を見渡すと、ここは校庭のど真ん中。
そこで尻餅をついているらしい。
トールがそれに気づくまで5秒かかった。
どうやら、授業中のところに放り込まれたようだ。
「ほら、行った行った! これから私闘が始まるから、下がっていろ!」
キンシコウのハンスが、生徒達を両手を振って追い払うと、いつものことなのか、生徒達は大人しく校庭の隅へ足早に去って行く。
「これはこれは、エレオノーレ・アドラー様。今お戻りで?」
体育教師のフォイエルバッハが、エレオノーレの前にやってきて、手をもみ始めた。
「いやいや、グスタフ・ブリューゲルさんから急な指令が来て、ルシー王国への旅の途中でとんぼ返りですよ。せっかくルシー王国の要人に会うからって、こんな格好で行ったのに」
「それは残念で――」
そこへ、ハンスが割って入った。
「挨拶は後! 怪我したくなけりゃ下がっていろ! 年少組二年生は全員下がったぞ!」
フォイエルバッハは、ハンスを恨めしそうに見つめながら、そそくさと去って行った。
その頃、校庭の周りが騒がしくなってきた。
年少組一年生が、箒に乗って集まってきたのだ。
全員が思い思いの場所を陣取り、体育座りで見物を始めた。
二年生も真似をする。
慣れたものである。
ハンスが、跳ねるようにトールの前に近づいてきて、見上げて睨む。
トールは、このままこのちびザルを蹴飛ばしたら、こいつは気持ちよく遠くまで飛んでいくだろうな、と思ったが、人質のことを考えてここは我慢した。
「じゃあ、ルールを説明するぜ。おい、ギュンター!」
「なんだ、俺かよ」
ドーベルマンのギュンターが、ハンスと交代する。
トールはその隙に、ポケットに持っていた指輪を左手にはめ、こっそりと防御魔法と強化魔法を発動した。
そして、わざと後ずさりした。
時間稼ぎのためだ。
ギュンターが不思議そうに声をかける。
「おいおい、もう怖くなったのか? 逃げるのか?」
今度は、トールが挑発を始める。
「なんか、君達を見ていると、桃太郎を見ているようで愉快だよ」
「はあ? 桃太郎って何だ?」
「知らないのかい? サルと犬と雉がいて、鬼を退治に行くのさ」
「ほほう。それは勇ましい話だ。正にお嬢にぴったりだな」
「でもね。手下は、きびだんごにつられて仲間になる。それがなかったら、ひとりぼっちなんだ。手下がいないと、自分で退治すらできない弱い奴なんだ」
「ん? どういうことだ? お嬢がそいつだとでも?」
「まあ、考えてもみたまえ。本当に強いなら、君達なんかいらなくて、一騎打ちをすればいい。ところが、なぜ使い魔をこんなに従えているんだ? 君達が『お嬢』と呼ぶ人は、強いはずじゃないか? 不思議に思わないのかい?」
「ううむ。命令だからな……。それにしても、どこまで下がるのだ? いい加減、止まれ」
トールはニヤリと笑った。
とにかく時間稼ぎは成功し、魔法の準備が完了した頃合いを図って、立ち止まった。
ギュンターは、トールと1メートルほど距離を置いて、ため息交じりに話し出した。
「ルールは簡単。倒れた方が負け。見物人が多いから、周囲に結界を張る。制限時間は『始め』の合図から5分間。1分経過する度に、仲間が一人ずつ地上へ落下する。落下する30秒前に結界を解除するから、助けに行きたければ行くんだな」
「結界が解除されたことは、わかるのかい?」
「お前なら勘でわかるだろう? いちいち、そんなことを教えるか、たわけめ!」
「助けたらどうなる?」
「人質と一緒に、自動的にここへ連れ戻される。再び、結界が張られる」
「ちょっと待った! 結界の中に仲間を入れるのかい?」
「そうさ。巻き添えってやつだな。人質を守りながら戦うのさ」
「その仲間が魔法を使って戦ってもいいよね?」
「できるんだったら、な。俺は一応『守りながら』って言ったぜ」
ギュンターは意味深な発言をして去って行った。
トールは、蹴りたい尻を必死に我慢して見送った。
彼は、もし超強力な一撃必殺の魔法があったら、目の前にいるエレオノーレと三匹の使い魔を、今すぐ一度に吹き飛ばしたい衝動に駆られた。
頭の中で、粉々に吹き飛ぶ彼らの姿が妄想となって浮かんでくる。
(異世界最強の力がほしい! 今すぐにでも!!)
彼は、こんなに力を欲する自分が恐ろしくなってきた。
感情を超えて、制御できるのだろうか?
自在に扱えるのだろうか?
彼は逡巡する。
「何ボーッとしているんだ!? 開始のゴングを鳴らすぜ!」
ハンスの声に、トールはハッと目が覚めた。




