第122話 時計代わりの人質
エレオノーレは、飛んで戻ってきた剣の柄を右手でガシッと握る。
そして、眉をつり上げ、剣に向かって話しかけた。
「やったのか? 奴は首に手を当てているが」
「戻り際にサクッと。行きがけの駄賃ってやつでさあ。やっぱ、血の味はたまらねえぜ」
しゃべる剣がそう言うと、刃先に少し付いていた血液がスーッと剣に吸い込まれていった。
「いきなり首を切り落とされては、急いで旅行先から戻ってきた意味がないな」
「お嬢は高みの見物で、楽しんでくだされ。ここは、わしらにお任せくだされば、よござんす。あやつ、今頃はわしの剣の切れ味に震え上がっている頃でさあ。これで、ちったあ、こっちの強さがわかったはずですぜ」
剣はそう言うと、まばゆい光を纏い、元のキンシコウの姿に戻った。
エレオノーレは、剣の柄が尻尾に変わったので、手を離した。
たまたまトールの左隣にいて、彼の出血に血相を変えたヒルデガルトが、治癒魔法ですぐ治療を始めた。
それを見ていたエレオノーレが苦い顔をする。
「何? もしかして、仲間がいるのか? あの子、あいつと同じく、ローテンシュタイン帝国の人間じゃないな」
エレオノーレの言葉に耳を傾けていたドーベルマンのギュンターが、グイッと首を伸ばし、鼻をクンクンさせる。
「灰色の髪のあいつ、魔法の潜在能力値が高い。……それだけじゃない。この教室に、潜在能力値が異常に高い奴が、あいつを入れて六人いる」
エレオノーレが、目を輝かせる。
「ほう! 潜在能力値が高いなら強いってことだな!? どいつだ!?」
ギュンターが、鼻先を向け「あいつ」と言う。
すると、シャルロッテが後ろの襟首を捕まれたような格好で宙に浮いた。
「こらあ! 何すんのよ!」
彼女は、空中でジタバタした。
「……あいつ、……あいつ、……そして、あいつ、……あ、今治療中のあいつもな」
彼が鼻先を向ける度に、マリー=ルイーゼ、イヴォンヌ、イゾルデ、そして治療中のヒルデガルトまでが宙に浮いた。
トールは治りかけの首の傷を押さえながら、声を荒げる。
「僕の仲間に何をするんだ!」
「え? 仲間? ……なんだ。ハハハ! トールって、王族でハーレム王か。よろしくやってるってわけか」
エレオノーレは、軽蔑混じりの笑い声を上げて彼を見た。
ギュンターが、鼻を鳴らして嗤う。
「ちょうどいいことを思いついた。こいつらを借りるぞ」
すると、宙に浮いていたシャルロッテ達五人が、突然、ドアの外へひとりでに飛んでいった。
悲鳴を残して消えていく彼女達。
「その犬! 何をする!」
「俺はギュンターだ! 名前くらい覚えろ、ハーレム王!」
「ギュンター! 彼女達に何をしようとしている!?」
「なーに。5分間の戦いで時計の代わりをやってもらうのさ」
「時計の代わり?」
「今から、この城の真上で、そうだな、50メートルくらいの高さかな、そこでやつらは宙づりになる。そして、1分ごとに一人ずつ落ちるのさ」
「何だと!!??」
「その間、俺達と5分間の私闘を山頂の校庭でやってもらう。付いてこい!」
ギュンターがそう言うと、今度はトールまでが後ろの襟首を捕まれたような格好で宙に浮いた。
とその時、ギュンターとトールとエレオノーレが煙のように消え失せた。
残った使い魔二匹、ハンスとアドルフは、急いで外に出た。
固唾をのんで一部始終を見ていた生徒達は、それから10秒間微動だにしなかった。
しかし、彼らは、魔法が解けたかのように一斉に立ち上がり、我先にと城の外へ走った。
一人取り残されたシュネルバッハ先生は、突然の授業放棄に、目をしばたくしかなかった。
ギュンターが気にとめなかったおかげで難を逃れた黒猫マックスは、生徒のしんがりを追った。
ところが、動物の勘が働いたのか、途中で何かの異変に気づき、彼らとは行動を共にせず、階段を駆け上がった。
一体、黒猫マックスはどこへ行くのだろう?
城の外へ飛び出した生徒達は、次々と箒を空中から取り出し、一目散に校庭へ飛んでいく。
一方、城の上空50メートルでは、シャルロッテ達五人が頭を下にして宙に浮いていた。
彼女達は、全く動く気配がない。
悲鳴も助けを求める声も上げない。
なぜだ?
観念したのか?
それとも、自分たちが一人ずつ1分ごと、時計代わりに落下することを知って、恐怖のあまり気絶したのだろうか?




