第119話 謀略は錯綜する
翌朝、イゾルデが一人で学食で食事をしていると、普段は話をしない同級生がニヤニヤしながら手紙を持ってやってきた。
「ちょっと外に出たら、近くにいた超イケメンのエルフに、あなたにこれを渡してって言われたの。何これ? もしかして、ラブレター?」
「かもね」
イゾルデは別の意味で笑った。
彼女は手紙を受け取り、同級生が去るのを用心深く見送った後、手紙を開けて素早く目を通す。
『朝食が終わったら、年少組二年の城の前で。T』
Tとは、トマス・クーゲルシュタインのこと。
彼は、エルフ族からイゾルデと一緒にこの学校に来た年少組二年生である。
彼女は、食事もそこそこに、年少組二年の城へ向かった。
城の校門のそばに、背が高く、金髪で長髪、耳が横に長い男が立っていた。
彫りが深く、優しい笑みを湛えている。
見るからにイケメンという風貌。
イゾルデは周囲の目を気にしながら、そのTことトマスへ素速く近づき、傍らに立った。
彼は、目にもとまらぬ速さで、彼女の右手のひらに何かを握らせた。
「それ、ジクからの預かり物」
「ジクムントから?」
彼女は手のひらを少し開いて、中にある冷たい感触の物をちらっと見た。
それは、紫色のガラスの小瓶だった。
「何これ?」
「そいつをターゲットに1滴飲ませると、最初に目にした相手に虜になるってやつ」
「はあ?」
「惚れ薬。劇薬だから、扱いに注意しなってさ。ほら、君とおそろだよ」
彼は、自分の左手を一瞬開いて、彼女に紫色の小瓶を見せた。
「え? 私の分は当然トール用だよね? あんたのそれは?」
「もう一人連れてこい、って言われているんだ。ジクから」
「誰を?」
「金髪のこんな髪型の子」
トマスは、自分の髪の毛の両側をつかんで、ツインテールの真似をした。
「え? なんで、あいつなの?」
「知らない。ジクのお気に入りじゃない?」
「はああ? あのじじい、趣味わるぅ。きもっ」
「それとも、フリードの趣味かもね」
「フリードマン? 似合わねぇー」
「ははっ! 厳しいこと言うねぇ。面と向かって言ったら、彼の場合、返事は拳だよ」
「言うわけないじゃん。……で、いつ決行?」
「今夜」
「手はずは?」
「耳貸して」
トマスは、イゾルデの耳元に口を近づける。
「息がくすぐったいっつうの」
「我慢、我慢」
彼は、割と長い手順を小声でささやいた。
イゾルデは、彼の顔から逃げるように離れて、驚いた顔を彼に向ける。
「そんなことするの?」
「二人を同時にゲットするのは、それが一番」
「でもさあ、あの子捕まえるのは、やめなよ。それより、灰色の髪で背の低いのがいるじゃん」
「ああ、あのちんちくりん?」
「そうそう。あの子、超頭いいよ。絶対、戦争では参謀向き。そして、トール以外、ド派手な魔法を使えるのはあの子だけ」
「でもさ、ジクがさ、『絶対連れてこい』っていうんだ、金髪を」
「金髪ツインテールは、剣を振り回すだけで取り柄がないよ。いいじゃん、灰色が間違って薬飲んで付いてきちゃった、って言えば」
「そんなに金髪のこと嫌い?」
「虫唾が走るわ」
「そっか。僕はどっちでもいいんだけどね。じゃ、灰色狙いで」
「あのさ。この薬の効き目はずっと続くの?」
「もちろん。それ、うちらの村で代々伝わる秘薬だから」
「そしたら、……彼とずっと一緒になれるんだよね?」
「そうだよ。君が『死ぬまで』ね」
トマスは『死ぬまで』を強調し、口だけニヤリと笑った。
「了解。じゃ、今夜決行。そして――」
「ここから、おさらば」
二人は、別れ際にちょっと微笑んだ。
しかし、すぐ真顔に戻り、何事もなかったかのようにそれぞれの城へ戻っていった。




