第118話 動き始めた謀略
彼らは授業を免除されていたので、そのまま自分の部屋に戻り、同じ階にある共同のシャワー室でサッパリした。
泥だらけの服は、その隣にあるランドリー室に預ければ、魔法で勝手に洗濯してくれる。
シャワー室を出る頃には、洗濯が完了し、キレイに折りたたまれているのだ。ただし、修繕は自分でやる必要があるが。
夕食を学食で取る時、トールと彼女達五人はテーブル一つを占領した。
そして、いつもより1.5倍の皿をテーブルに並べ、ささやかなパーティとしゃれ込んだ。
夕食後は、自由行動だ。
銘々は、思い思いの行動を取った。
トールは、自分の部屋のベッドで寝転がっていた。
横で、今日の冒険の詳細を聞かせてくれとせがむウルリッヒには、「悪いけど、眠いんだ」と断り、頭の中で今日一日の出来事を時系列に思い返す。
敵の変幻自在な攻撃。
それに対する自分の攻撃。
自分がとった防御。
うまくいったのか?
――いったと思うが、納得できないところがある。
何が足りなかったか?
――力の配分か。
どこまで異世界最強に近づいたのか?
――そもそも、最強の状態がわからない。
そんな自問自答の反省をしている最中に、浮かんでは消える記憶の中から、イヴォンヌとの約束の言葉が浮かび上がってきた。
彼は、その言葉を口にする。
「午後9時」
時計を見た。
まだ1時間ある。
(行くか行くまいか)
とその時、彼は急に睡魔に襲われた。
魔力を回復しなければいけない、と体が要求しているのだ。
彼は目をしょぼしょぼさせながら指輪を外し、そのまま眠り込んでしまった。
少し離れたところにいて様子を窺っていた黒猫マックスは、トールのそばへ音もなく近づき、丸くなって一緒に眠った。
◆◆◆
ちょうどその頃、イヴォンヌも、不覚にもベッドの上で眠り込んでしまった。
今日一日の疲労が眠りを誘う。
彼女のルームメイトは、こちらも冒険譚を聞き損ね、しばらく読書を続けていたが、彼女の心地よい寝息に誘われながら眠りについた。
午前2時。
『……窓辺に来い。……窓辺に来い』
イヴォンヌは、頭の中でそうこだまする言葉に気づき、深い眠りの底から引きずり出された。
『誰かが呼んでいる。こんな夜中に。……夜中? 午後9時の約束は!?』
彼女はバネ仕掛けの人形のように上体を起こし、枕元の時計を見て目を丸くする。
約束の午後9時など、とうに過ぎている。
動揺する彼女。
しかし、呼ばれていることも気になる。
彼女はベッドから降りて、足音を立てないように窓辺へ近づいた。
窓の外で、白いフクロウが宙に浮いている。
羽ばたかずに器用に浮いているなぁと感心していると、フクロウは首をかしげる。
『トールに話したか?』
頭の中で声がした。
彼女はフクロウを見つめ、声を出さずに頭の中で尋ねる。
『あなたは誰?』
『シャルルだ』
『ああ。ごめんなさい、シャルル様。フクロウのお姿で気づきませんでした』
『そんなことはいい。話したのか?』
『話せなかった』
『なら、今日中に彼に話せ。そして、彼をその気にさせろ』
『自信がない』
『しっかりしろ。好きなんだろう?』
『でも……』
『なら、お前に魅了の魔法を授ける。相手の目を6秒間見つめるだけで、一生お前の虜になる。それを使え』
すると、白いフクロウがボウッと光り、イヴォンヌも全身が光った。
魅了の魔法を伝授されたようだ。
『必ず、彼を連れてこい』
『できるでしょうか? 不安です』
『その魔法があれば心配ない。成功すれば、お前とトールを貴族にしよう。そしてお前は彼に嫁げば良い。手助けしてやる』
『本当ですか? 約束してくれますか?』
『ああ。そのためには、必ず、彼を連れてこい』
フクロウは、イヴォンヌの頭の中にその言葉を残して、いずこともなく飛び去った。
彼女は窓から下の方に視線を投げつつも、自分の将来のことで頭がいっぱいになり、何も見えていなかった。
そう。城の下から彼女が佇む窓辺の様子を窺っていた白い服の男二人が、静かに去っていくところも。




