第115話 何をも優先する貴族の序列
ここは、年中組三年生用の城の屋上。
ブリューゲル一族の次男グスタフの左手が、三男カルルの胸元をわしづかみにしている。
「てめえ! 一体、どうなっているんだよ! お前なら、抜かりなくやると思ったのによぉ!」
「グスタフ兄さん。僕のせいでは――」
グスタフは、右手の拳にハーッと息をかけて、カルルの左頬を五回殴打した。
カルルは、必死で堪える。
「何でケートもマルガレーテも尻尾を巻いて逃げ帰ってくるんだよ!」
「だから……、知りませんって……」
「ケートは軍隊ごと剣圧で吹き飛ばされる、マルガレーテの最終奥義の雷撃魔法が破られる。どう考えても、最強野郎がどんどん力をつけているじゃんかよ!」
「それは……」
カルルは『我々の攻撃が潜在能力を引き出しているから』という言葉を飲み込んだ。
「畜生! 今ちょうど最強野郎の魔力が尽きかけている頃。ここにアドラー伯爵家のエレオノーレが全力でぶつかれば、奴をたたきのめせるのに! 何でこんな絶好のチャンスに、あいつは旅行なんかしているんだよぉ!」
グスタフは、腹いせにカルルを三回殴る。
「だから、知りませんって……。序列三位が不在なら、今回は例外的に飛び越えて、序列二位のミヒェル伯爵家の、ヘルムートを――」
グスタフは、またカルルを三回殴る。
「貴族の序列を無視するな! 貴族には体面ってもんがある! ヘルムートなら、『序列三位を飛び越えてなぜ俺なんだ?』って怒り狂うぞ!」
「グスタフ兄さん。何を悠長なこと言っているんですか? 最強野郎が弱っている今こそがチャンスです。何なら私が行きましょうか?」
グスタフは、またまたカルルを三回殴る。
「馬鹿野郎! 今序列一位が出て行ったら、二位以下が猛烈に怒るだろう!」
「なぜ、そうまで貴族の序列を優先するのですか!?」
「わからないのか!? 序列を保たないと、ファミリーの結束が崩れるんだよ!」
「結束は大事でも、こんな好機が目の前にあるのに、指をくわえて見ているのですか!? 叩くなら今ですよ!」
「結束は譲れん! 序列を守りつつ、今すぐ叩く!」
「え? それができないから困っているのに、どうやって!?」
「エレオノーレを速攻で呼び戻せ!」
「えええ!? 確か、ルシー王国を旅しているはずで、あそこなら馬車で往復四日はかかります」
「一日で呼び戻せ! 車を使え! 明日ここに連れてこい!」
「そんな無茶な……。僕は運転できないし、車でも二日かかるし」
「今が好機なんだろ? だったら、そういうお前が自分で何とかしろ!」
「……じゃあ、例の高級車と専属の運転手を貸してください。そして一日半ください。それが限界です」
「一日」
「一日半」
「一日」
「……わかりました。夜通し走らせて、一日と四分の一。明日の夕方までには」
「馬鹿かお前? 一日って言ったら24時間だ。今昼だろ? だから、明日の昼、この時刻!」
「…………努力します」
グスタフは、もの凄い形相でカルルを三回殴る。
「努力じゃねえ!! 死ぬ気でやれ!!」
「………………はい」
カルルは、血の味がする唇を噛んだ。
◆◆◆




