第114話 死闘の果て
「その子の体力を全て魔力に変換したわよ」
マルガレーテだ。
トールは声のする方に視線を向けた。
10メートルほど離れた木の後ろに、真っ黒い人影が見える。
体の四分の一くらいが見えている。
それが、わずかに揺れた。
「一応、教えてあげる。その子、心臓が止まっているわ」
「わかった。教えてくれて、感謝する」
「ふふふ。お人好しね。その子を放置して、今ここにいる私を倒しに来ればいいのに」
「君達12ファミリーなら、死にそうな仲間を放置して戦いを継続するだろうけど、僕はしないよ」
トールは、言葉に合わせた決めポーズのように、サラサラヘアをかきあげる。
マルガレーテの影が、それに反応するかのように、ゆらりと動く。
「私はここ。ほらほら、ここなのよ。みすみすチャンスを逃すつもり?」
「何を言う。君は、負けたことを12ファミリーへ報告する。僕は、彼女を助ける。それが、今、お互いがやるべきことじゃないのかい?」
「いいえ、違うわ」
「じゃあ、何だって言うんだ?」
「私は12ファミリーへ、あなたが魔力を使い果たしたと報告し、次の追っ手を用意してもらう。あなたは、もう助からない彼女の前で後悔し、新たな追っ手の前で、魔力が枯渇したことを憂いて、ただただひれ伏す」
「君と議論している余地はない!」
トールは、右肩の痛みを堪えながら、イゾルデをお姫様だっこのように抱きかかえる。
そして、強化魔法を利用して、素速くヒルデガルトの元へ走り去った。
もちろん、ヒルデガルトの治癒魔法でイゾルデを蘇生するためだ。
自分の番はその後だ、と彼は決めていた。
トールの後ろ姿を見送った影が、独り言をつぶやく。
「ブリューゲル一族は、ほんと、お馬鹿さんね。こんなことしていたら、相手が強くなるだけじゃないの。鷲を今投入したら、どうなることやら。……知らないわよ」
その影が、またゆらりと動いて、フッと消えた。
◆◆◆
「どう? 助かるよね? 大丈夫だよね?」
トールは、治療で忙しいヒルデガルトの背中へ声をかける。
「うん。大丈夫。心臓動き出した」
軍用ゴーグルを外したヒルデガルトは、彼の問いかけに振り向かず、言葉だけ返す。
彼女がイゾルデの左胸にかざしている右手は、緑色の光を帯び、左胸を中心にその光が柔らかに投射されている。
イゾルデの呼吸も再開した。
しかし、話ができるようになるのは、まだまだ先だろう。
「待ってて。もうすぐ終わる。そしたら、トールの番」
「ああ」
待っている間、シャルロッテとイヴォンヌが、トールをどう治療するか、誰が治療するかでもめていた。
トールはそんな彼女達に苦笑し、怪我の痛みで顔を歪めながらアーデルハイトに問う。
「先輩。ここはどこだか、わかりますか?」
彼の質問を予想していなかったアーデルハイトは、ちょっとびっくりした顔を彼の方へ向ける。
「ごめんなさい。わからないわ。今日、処理班の向かう先だったヘルプスト村は、行ったことがあるけれど、こんな場所は近くになかったし……」
シャルロッテが、不安に満ちた顔をアーデルハイトへ近づける。
「あのー、これからどうすればいいんですか?」
アーデルハイトは、すぐには答えが浮かばないようで、唇を噛みながら下を向いた。
でも、十秒もすると、妙案を思いついたという表情の顔を上げた。
「私の使い魔を、クラウス先生の元に届けるわ」
「使い魔?」
「そう。この子よ」
アーデルハイトはそう言って、自分の右肩を見やり、軽く口笛を吹く。
すると、彼女の右肩に、白い煙とともに白い鳩が現れた。
シャルロッテは、突然の鳩の登場に、豆鉄砲を食ったような顔をして腰を抜かしたが、すぐに「まあ、可愛い♪」と笑顔になって鳩に顔を近づけた。
アーデルハイトは、さらに手品を続ける。
今度は、何もない空中から、小さめの紙片をスッと取り出した。
そして、彼女はその紙に向かって、何やら長めにつぶやく。
つぶやきが終わると、それを細かく折りたたんで、鳩の右足に結びつけた。
「さあ、私の鳩ちゃん。ここの場所を上からよーく見て覚えて。そして、私達の学校を探して、クラウス先生に手紙を届けてね。先生に、ここの場所を教えるのよ。そして、食料も持ってきてもらうの。お願い」
白い鳩は、主の願いを聞き入れたかのように、クークーと喉を鳴らすような声を出して、一気に空高く舞い上がった。
小指の爪くらいの大きさになるほど高く飛び上がるのに三秒もかからないのは、さすが使い魔。
そして、空中を大きく三回旋回すると、城が見えたのか、とある方角へ一直線に飛んでいった。
「さあ、吉報を待ちましょう」
アーデルハイトは輝くような美貌で皆を見渡し、嫣然一笑した。
シャルロッテが、キョトンとしてアーデルハイトに尋ねる。
「先輩。今の紙って手紙なのですか? 鉛筆もないのにどうやって書いたのですか?」
「あの手紙は、相手先のところに行くと、今私が話したことをしゃべってくれる手紙なの。他の人の前では、何も書いていない、ただの紙にしか見えないわよ。秘密の通信に使うの」
「それで、なんでクラウス先生宛なんですか? 校長先生とかに宛てないのですか?」
「あの学校で、信用できるのは、クラウス先生だけなの。あなた達もいずれわかるわ。他の先生は、ズバリ言ってしまうと、ファミリーの手先なの」
トールは、はたと手を打った。
この彼女の言葉で、今まで心の中でモヤモヤしていた疑問がいっぺんに氷解したのだ。
(ファミリーがあの魔法学校を牛耳っているんだ)
そして、グリューネヴァルトのエルフのジクムントが言っていたことは、嘘ではなかったことも理解したのであった。
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