那須の遭難に思う
私が社会人山岳会に入って、山をやっていたのは20年ほど前のことです。その前に、山登りの基本は大学のワンゲルで身につけました。ワンゲルに入って一番初めに言われたのは、遭難記録を読むことでした。北海道の大学でしたので、「北の山の栄光と悲劇・滝本幸夫著(1982・岳書房)」を読んだ記憶があります。低体温症で錯乱していく様子が怖くて、数日間友達の部屋で一緒に寝させてももらいました。
それ以外にも部室での勉強会も行いました。装備や行動食のこと、気象に関すること。ラジオ放送から天気図を書くこともしました。
冬に行う、雪崩対策訓練はちょっとしたお遊びでした。スキー場のはずれで、人間の入れる程度の穴を掘ります。そこに一人ずつ入って、見えなくなる程度に雪をかけます。顔が埋まった状態で大声で叫ぶのですが、10センチと埋まっていなくてもほとんど声は聞こえません。人間を雪に埋めて、いかに雪が重くて固まりやすいものか、雪の下で叫んでも上に聞こえにくいものかを体験しました。ザックを雪に埋めてからストックで探してみるなどといったことも行いました。
社会人山岳会に入っても、同じようなものです。年に1回は協会主催の遭難対策訓練が行われました。その都度内容は異なりますが、遭難するといかに大変なことになるか身をもって体験させられました。
高校の山岳部の顧問をやるような先生は、ほとんどの方が県山協に加入していました。ビーコンの使い方講習会で一緒に遭難訓練した先生が、高校の時の物理の先生だったなんてことも。当時はビーコンは一般に普及していたとは思えません。雪崩の捜索の際、二次遭難に備えて捜索隊がもっていつ程度のものでした。たぶん県山協でどこからか借りてきたのだと思います。
「雪崩対策講習会で、雪崩に本当に巻き込まれた奴がいるんだよなぁ。講習会やるなら、安全な場所でやらなくちゃいけないのに」そんな話も、休憩時間に耳に入ってきました。
雪崩注意報が出ていたのにとおっしゃる方がいます。ですが雪崩注意報は、30センチ以上の積雪があれば、いつでも出される注意報です。降雪のある地方では、珍しい注意報ではありません。それよりも、「尾根だから大丈夫だとおもった」という発言に驚きました。
雪崩の発生しやすい場所として、谷や沢型の地形があげられますが、斜面がきつければ尾根であっても発生します。樹林帯なら安心ということもありません。雪崩は木々を巻き込みながらでも下っていきます。
今回の遭難の遺品を報道陣に公開してくださった方がいらっしゃいました。その登山靴を見て、愕然としました。
本格的な登山をする人間なら、GWまではプラスチックの登山靴を履いています。ところが高校生が履いていたのは、重登山靴。春山なら重登山靴で十分でしょうけれど、この時期にプラスチックブーツをはかない程度の登山者に、ラッセル訓練が必要だったのでしょうか。吹雪であたりの音がほとんど聞こえなかったとのこと。それなら、吹雪の時のビバーク訓練とかしていてくれれば・・・。
ちなみに。松任谷由実さんのブリザードを聞いて思うのですが、白一面の世界の中で頼りにあるのはあなたのストックにつけられた鈴の音だけって、ないですから。風の音がすごくて、普通に話すのも大変ですから。
例年なら雪がしまっていて雪崩など思いもしない季節です。天気が良ければ、楽しかったねぇで終わったはずの講習会でしょう。ですが近年、「例年なら」が通用しないことが多くなってきています。
雪の少ない地方で、たまの積雪に珍しい体験をさせてやろうという先生方の意向が裏目に出てしまったことが悔やまれます。




