01 プロローグ
石造りの部屋の中に身なりの良い男女が集まっていた。
女はまだ若く、しなやかなほっそりとした肢体はローズピンクのドレスに包まれ、緩やかに波打つ水色の髪が腰まで伸びている。憂いを帯びた瞳はエメラルドの様な鮮やかな緑色だ。年は16才ぐらいだろうか。整った美しい顔立ちの少女だ。
その隣には薄い緑の髪の豪奢な服を纏った中年の男が立っていた。頭上には色とりどりの宝石の嵌め込まれた黄金の冠が輝いており、指には大粒の宝石が付いた指輪をいくつも嵌めている。部屋の一角を睨む薄い緑色の瞳は鋭く、冷酷な輝きを放っている。
男の後ろにはでっぷりとした体躯の男が忌々しげに部屋の中央を睨みつけていた。質のいい布地の服を纏っているが上着のボタンは今にも弾け飛びそうだ。薄い水色の瞳は肉に埋もれ殆ど見えず、肩下辺りまであるこげ茶色の髪は艶やかで、頭頂部もツルツルしている。
そして部屋の中央には2人の男がいた。1人は全身を白い神官服に包み、手には赤い宝石の付いた杖を持ったひょろ長い男が立っていた。赤味がかった金色の髪は背中の中ほどまであり、橙色の瞳は大きく見開かれている。薄い唇はわなわなと震え、信じられないモノを見たような驚愕の表情を浮かべている。
もう1人は不可思議な文様の書かれた床に倒れていた。黒い長袖のTシャツに同色のジャージを穿いた、陽の光を紡いだような金色の髪を持つ少年だ。意識はないらしくその瞳は堅く閉ざされている。
「なんという事だ。勇者ではないではないか!」
豪奢な服の男が神官服の男を睨みつけ怒鳴る。
「そんな……。勇者召還の術は確かに発動しました。勇者様以外が召還されることなどありえません」
愕然とした表情で、神官服の男が答えた。
「この男が勇者だとでも言うのか。金髪の勇者など聞いた事はないぞ」
「宰相閣下…」
神官服の男が悔しげに顔を歪ませ俯く。
「アレス神官長様、伝承では勇者様は黒髪黒目の者と記されています。この者の髪は金色、残念ですが勇者様ではありませんわ」
「アンジェリーナとパトリックの言うとおりだ。アレスよ。此度の勇者召喚は失敗だ」
アンジェリーナ王女と、宰相のパトリック、最後に身なりのいい男が失敗を告げる。
「国王陛下……私の力不足です。申し訳ございません。しかし、次こそは必ず成功させてご覧にいれます」
消沈して俯いていたアレス神官長が、顔を上げて力強くそう宣言した。
「うむ。期待しているぞ」
「わたくしもアレス神官長ならば必ず成功させてくださると信じておりますわ」
国王とアンジェリーナ王女が神官長を励ましの言葉をかけた。
「では、この偽物はいかがいたしましょうか?」
「処分しろ」
宰相の問いに国王が即答した。
「お待ちください、お父様。偽物とはいえ、わたくしたちの都合で召還してしまった者です。殺してしまうのは可哀そうですわ」
「おお、アンジェリーナは優しいな…。ならば城からの放逐としよう」
「寛大なる国王陛下のお慈悲に感謝いたします。ありがとうございます、お父様」
神官長や宰相がほほえましげに国王と王女を見守る。だがそんな和やかな雰囲気は突然一人の男によって壊された。
「放逐ってなんだよ。人違いなら俺を元の世界に戻せ!」
振りかえった先には、勇者の偽物が立っていた。