霊能力者
「えぇ!?お姉さんなんですかぁ!?」
どうやらバッチリと姉のことが見えているらしいこの図書委員の女子、霧原小夜子というらしい。生まれつき霊感が強くて、幽霊やお化けが見えてしまう彼女は、何かに憑かれている人を見ると放っておけず、親切心から助言するのだが、そう簡単には信じてもらえず、むしろ気味悪がられるのが常だという。それなのにやっぱり黙ってはいられないほど、優しい人なのだ。
見えている人に対して、ごまかすことはできないだろうと判断して、事情を話した。普通の人には話しても信じてもらえないだろうから黙っているのであって、信じてくれる人に対してまで秘密にする必要はない。
「でも、なんだかうれしいですっ!私が何か言っても、信じてくれる人ってなかなかいなかったから…」
「まあ、幽霊を信じてる一般人なんてなかなかいないし、霊能力者なんて言うまでもないしね」
「でも、宮野先輩は守護霊になる前から力があったんですよね?」
「そうよ?だからこそ守護霊になれたんだけどね」
「それじゃあ、学年が違う先輩に気づかなかったのは分かるにしても、宮野君のことを気付かなかったのはどうしてなんでしょう?私が見た限り、同じ学年にそういう人はいないと思っていたんですが…」
「九ちゃんは悪いものを引き付けはするけれど、見たり戦うための力は持ってないの。見えるようになったのは私が守護霊になったからよ」
「九ちゃん?」
「名前が九重だから九ちゃん。昔からそう呼んでるの」
「きゅうちゃんって、動物の名前でありそうですね。九官鳥とか」
「そうそう、かわいいでしょー?」
「ですねー」
これがガールズトークというものなのだろうか。俺抜きで楽しくやるのは構わない。むしろ推奨するほどだが、俺の目の前で俺の話をするのはやめてくれ。恥ずかしいだろ!
「久しぶりに九ちゃん以外の人と話したから楽しかったわ」
「こんな私でよければいつでもどうぞ。だいたいはここにいますから。えっと、その…、もしよろしければ、宮野君も…」
「あぁ、うん」
「ごめんね?九ちゃんってば、照れ屋さんだから」
「いいえ、私だって暗いし、人と話すのは苦手なので…」
「私は幽霊だから大丈夫だってこと?」
「ごめんなさい。そんなつもりはなくて…」
「謝らなくていいのよ?私は、小夜ちゃんが幽霊と話すのが得意な人でうれしかったから。また来るわね?じゃあね」
「はい。またいらしてください」
深々と頭を下げて、見えなくなるまで俺たちを見送る霧原さん。健気な子である。
「ほんと。霊能力のこと、周りの人にはあんまり良く思われてないんでしょうね。血筋に由来する力ではないみたいだし」
「(家族にも分かってもらえなかったってことなのか…)」
俺は姉を見ながら思う。もし姉がいなくて、両親も全く関係なくて。化け物と戦う力だけがあって。そんな状態で、今と同じ俺でいられるのだろうか?自分の思いを共有できる人がいなくとも、俺は俺でいられるだろうか?
「大丈夫!九ちゃんにはお姉ちゃんがいるから!」
「(それもそうだな。仮定の話に意味なんてない。考えるだけ無駄だ)」
「それに、九ちゃんが小夜ちゃんの力になってあげればいいんじゃない?」
「(でも、人と話すのは苦手なんだろ?)」
「だからこそよ!九ちゃんなら、小夜ちゃんが嘘をついてないって知ってるし、分かってあげられるんじゃないの!」
「(…恥ずかしくなかったら)」
「もう。素直じゃないんだから(それに、私が見えてるのに九ちゃんに手を出そうだなんて思わないだろうからね)。」
俺は、霧原さんと話すことで、会話らしい会話を交わしたわけではないが、俺の置かれた状況を理解してくれる存在と出会ったことで、自分でも気づかないうちに自分の中にあった窮屈さのようなものが、和らいでいくのを感じた。
だから俺も、霧原さんに対して何かできることがあるならば、力になりたいと思った。恥ずかしいことでないならば、だが。
だからと言って、今すぐに何かできるということはなく。
翌日。
「おぉ、来たな九重。お前を待ってたんだ」
教室についたと思ったら、棚田が俺のもとに駆け寄り、俺のことを待っていたなんてぬかしやがる。
「何だよ気持ち悪い。彼女に振られて、俺に乗り換えるのか?」
「そんなわけあるか!それに、彼女なんていないから振られることもない!」
「でも、あの子がいるじゃねぇか。なんて言ったっけ?」
「あいつはそんなんじゃねえよ!」
棚田はこんな顔して、幼いころからの幼馴染がいて、今でも仲が良い。それも、10人が見れば、半数以上が付き合っていると思うくらいに。ちなみに残りは爆発しろと思っている。
「そんなことはどうでもいいんだ。俺はお前に話があってだな」
「ほう。許可する。聞かせてみよ」
「実は昨日…」
スルーされた。これは恥ずかしい。相手が棚田であることが救いか。
「秋山さんにお前のことを聞かれたんだよ」
「何て?」
「どういう人なのかとか、普段はなにをしてるのかとか、まあ色々だよ」
「そうか…」
「なんでそんなに嫌そうな顔するんだよ?秋山さんがお前のことを知りたがってるんだぞ?」
「…それで?お前は何て答えたんだ?」
「教室に落ちてる女子の髪の毛をコレクションしてる…」
「死にたいようだな」
「うそうそ。嘘だって。恥ずかしがり屋だって答えたよ。それだけ」
「ふん。命拾いしたな」
「それで、どういうことなんだよ?何で秋山さんがお前のことを聞いてくるんだ?この前もお前のこと見てたし、何かあったのか?」
「あぁ…、」
どう言ったものか。棚田になら本当のことを言ってもいいという気がしないでもないが、特に言う必要もない。
「実は、独り言を聞かれてしまって…」
「そりゃまた、恥ずかしい」
「ああ。それも中二病丸出しの感じだったから、無かったことにしたいんだが、秋山さんは意味が分からないから教えてほしいんだと思う」
「それが嫌で逃げ回っていると?」
「そういうこと」
「秋山さんは天然っぽいからなぁ。あり得るかも」
結局ごまかすことにした。
秋山さんが直接来ないと思っていたら、周りから攻めてくる作戦をとっていたとは。しかし、何を隠そうこの俺は仲のいい友達というのがとても少ない。それこそ、棚田くらいのものである。だから、そんな作戦をとられても痛くもかゆくもないのだ。
「よしよし、お姉ちゃんは九ちゃんのいいところ、いっぱい知ってるからね?」
ふん、別に悲しくなんかないぞ。俺は騒がしいのは苦手なんだ。
だから、昼ご飯だって人の少ないところで食べてるんだ。と、午前中の授業をやり過ごして、空き教室へと向かう。相変わらず人気がなく、いい感じである。
空き教室に入ると、先客がいた。なんということだ。ここもだめなのか。また新しい場所を探さなくてはと思いながら教室を出ようとすると、
「宮野、…君?」
名前を呼ばれたので振り返り、先客をよく見ると、霧原さんだった。どうやら1人でお弁当を食べているようである。
「あ、あの、…どうしたんですか?こんなところに」
「昼ご飯を食べれる場所を探してて」
「なに?九重、知り合いなの?」
「実は、昨日図書室に本を返しに行ったときにぶつかっちゃって」
「それで傷物にしてしまったと?」
「そんなわけあるか」
「そ、そうですっ!宮野君は、何も悪くなくて、私がぼうっとしていたのが悪くて、それで…、あの」
「こいつのほんの冗談だから気にしないで」
「え?そうですか、すみません。…えっと、あ、あの、もしよろしければ、ここでご一緒しませんか?」
「え?いいの?」
「はい、あ、でも、ご迷惑でしたら、その、無理しないで断っていただいても…」
「どうする?」
俺は棚田をうかがう。
「お前がいいならいいけど」
今からほかの場所を探すのは難しいだろう。
「それじゃあ、その、おじゃましてもいいかな?」
「もちろん」
霧原さんは、にこにこしながら机を移動させ、俺たちの席を作ってくれた。そんなに喜ばなくとも。やっぱり1人でさみしかったのだろうか。
「あの、宮野君?そちらは…?」
「ああ、こいつはクラスメイトの棚田聡史」
「よろしく」
「んで、霧原小夜子さん。図書委員らしい」
「よ、よろしくお願いします」
「小夜ちゃん。私の事とかは棚田君には内緒だからね?」
前もって釘を刺しておく姉。よくもまあ気が回るものである。霧原さんはこくりと無言でうなずいた。
「お、お2人が、来られた時は、その、驚きました。その、ここは、普段はめったに人が、来ないので」
「もしかしていつもここでお昼を?」
「は、はい。その、ここなら、ゆっくりできますから」
「でも昨日はいなかったよね?」
余計なことを言う棚田。そんなことを言ってしまっては、昨日俺たちがここに来たことがわかって、霧原さんが俺たちから場所を取ったように感じて、申し訳なくなるに決まってるだろ。考えろよ。
「き、昨日は、図書委員の、仕事があったので…。もしかして、その、お2人は、昨日はここで?」
「えっと、ごめんね?誰かがここを使ってるって知らなかったから」
「い、いえ、別に私だけの場所ではありませんから、その、ご自由に…どうぞ?」
先手を打つことで、罪悪感を多少は薄れさせることができたようだ。
「それじゃあ明日からもここに来るか?」
「ああ、もし、霧原さんが迷惑じゃなければ、明日からもいいかな?」
「迷惑だなんて、そんな。わ、私も、その、人と一緒にご飯を食べるのは、楽しいですから…」
「わたしもいいかしら?小夜ちゃん?」
と、姉。これまたこくりとうなずく霧原さん。姉と会えるとわかってうれしそうである。
これからは、しばらくこの場所で平和なランチタイムが過ごせそうだと、胸をなでおろしたのだった。