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憑依霊

 一晩寝て起きたら何もなかったことになりやしないかと、心から願っていたというわけではないけれど、そうなってくれればと思ってはいた。いいじゃない、思うくらい。


 というわけで翌日。


 いつもと同じように朝を過ごし、いつもと同じように登校する。それが俺の理想である。はたから見れば、今の俺はその理想を体現しているように見えるのかもしれないが、それでは大事なことが見えていない。俺のすぐ後ろには、幽霊である姉が宙に浮いており、一緒に登校しているのだ。これではいつもと同じように、ではなく昨日と同じように、になってしまう。


 昨日という日は、散々な日だったので、俺は特にジンクスを気にしたりするタイプではないが、今日という日が、また散々な日になってしまうのではないかと不安だった。


「(今日もあの化け物と会うことってあり得るの?)」


 一昨日、昨日、と続いているのだ。そう思うのも仕方のないことである。


「ないと思うけど、絶対ないとは言い切れないかな?」


「(はっきりしないな。ある程度予測できないもんなの?)」


「そもそも、おとといが異常すぎたからね。通常は昨日くらいのが2週間に一回でてくるかどうかなの。たまたまイレギュラーが、レギュラーの前の日に現れたって感じかな。しばらくは何もないと思うよ」


「(昨日のと一昨日の、大きさとか違ったけど、種類が違うの?)」


「お姉ちゃんも詳しく知ってるわけじゃないんだけど、誰にも倒されずに長生きすると、その分だけ大きく強くなるみたい」


「(ということはほかの動物みたいに、あれが動物なのかは置いておくとして、子供を産んで増えていくってこと?)」


「なんか人の憎しみが形になって生まれてくるとか言われてるけど、実際に見たことがあるわけじゃないから分からないの」


「(それじゃあ、今からあれこれ考えても意味はないってことか)」


「そういうこと。まあ、お姉ちゃんがいれば、九ちゃんは大丈夫だからね。なにしろ、お姉ちゃん、九ちゃんの守護霊ですから!」


 問題の1つに対策を立てたところで、教室へと到着した。その対策は、常に姉と行動すること。それ以外は対策を講じないという対策である。それを対策と呼べるのか疑問であるが、これしかできることが思いつかないのだから仕方あるまい。


「よぉ、昨日はどうだった?」


 棚田が実に楽しそうに話しかけてくる。一瞬、何故化け物のことを知っていると驚いたが、よくよく考えると、放課後に片づけを言い渡されたことを言っているのだと気づいた。


「そりゃあ、きちんと片づけてきたぞ?ほら、俺って真面目だから」


「真面目な奴が授業中に爆睡するのかよ?」


 そう言って笑う棚田。


 別に不真面目だから寝ていたのではない。意識を手放す最後の最後まで、全力で睡魔に抗っていたのだ。まあ、負けてしまっては同じことだが。


「……………」


 抱えていたもう一つの問題がこちらを睨み付けていた。もちろん、秋山さんである。正直、教室に入った瞬間に質問攻めにされたり、学校中の噂になっていることも覚悟していたのだが(その場合は即帰宅するつもりだった)、そのようなことはなかった。しかし、だからこそ今こうして睨みつけられているというわけである。


「おい、なんかお前。秋山さんから見られてね?」


「は?見られてるのはお前だろ?お前は自意識不足なんだよ」


「自意識不足ってなんだよ!初めて聞いたよ!」


「今考えたからな」


「朴念仁って意味なのか?」


「うーん。それだとお前がモテるみたいだから、バカって意味にしとく」


「馬鹿にしてんのか!?」


「…?そうだが?」


「それじゃあお前はアホだな」


「お前アホにしてんのか!?」


「いや、意味が分からんから」


 適当に棚田をごまかしたものの、恥ずかしがり屋の俺にとって、見られ続けるということはかなりの苦痛である。


「いやぁ、熱視線を送られてますなぁ」


「(姉ちゃん、間に立っててくれよ)」


 視線とは、気のせいである。どんなに鋭い眼光であろうと、物理的に何かを発射しているわけではない。感じると思うから感じ、感じないと思うから感じないのだ。


 しかし、だからと言って気の持ちようですぐにどうにかできることではない。俺の場合は特に。


 そこで姉の登場である。姉は幽霊であるため、俺以外に認識されることはまずない。まれに例外が存在するようだが、秋山さんはそうではないらしい。俺にとっては、姉は透けて見えることもなく、ほかの人間と同じように見える(浮いているのですぐわかるが)。なので、姉を間に立てることで、周りから見ても変わらないが、俺にとっては視線を遮る壁の役割を果たすのだ。


「壁扱いなのが気に入らないけど、お姉ちゃんの九ちゃんを見つめられるっていうのも嫌だから仕方ないか」


 俺はあんたのものではないし、向こうから見えなくなるわけではないのだが。


「気持ちの問題よ」


 向こうからは見えているが、それを俺自身が認識できないため、安心できる。


 姉の言う通り気持ちの問題である。


 授業中は問題なく過ごし、休み時間は、授業の終了と同時に教室を出て次の授業の開始寸前に戻ってくるという方法で何とかしのいだ。そもそも俺に声をかけるつもりはないのかもしれないが、かけられてからでは遅いのだ。念には念をというやつである。


 そして、昼休み。


「沙織、今日私、お昼ごはん売店で買うんだけど、ついてきてくれない?」


「え?あ、うん。いいよ、いこっか」


 昼休みになると同時にこちらにやってこようとしていた秋山だったが、友達に呼び止められ、売店へと向かった。まさか俺みたいなやつに聞きたいことがあるとは言えなかったのだろう。交友関係の広さに足元をすくわれた形である。


「それじゃあ、昨日言ってたとこ、行ってみるか」


「空いてるといいけど」


 俺は棚田と二人で、昨日話していた空き教室へと向かった。


「誰もいないみたいだな」


「明日からここで食うことにするか」


 空き教室はほかに人気がなく、静かに過ごすには最適な場所だった。


 よろしく。新たな昼ご飯スポット。明日からはまた新たな平穏を手に入れることが出来そうだ。


 と、ここ数日ごちゃごちゃしていた身の回りのことが少しずつ元に戻っていっていることを嬉しく思いながら、教室に戻ろうと廊下を歩いていると、


「おーとーうーとーくーん?」


 女子に話しかけられた。と思ったが、全く知らない人だったので無視する。俺は弟だがこの人の弟ではない。


「ちょっとー!無視するなぁー!」


 ガシッ、と肩を掴まれる。どうしよう。これど一緒に歩いていた棚田の関係者だという可能性もなくなってしまった。


「(姉ちゃんの知ってる人?この人3年だろ?)」


「知ってるというか、友達というか…。お姉ちゃんがいきなりいなくなったから、何か知ってるか聞きたいんじゃないかな?」


「(海外留学ってことになってるんだろ?)」


「うん。でも、この様子じゃ、恵梨花は納得できてないみたいね」


 まさか、正直に話すわけにもいかないのだろう。これは仕方のないことかもしれない。とはいえ、自分の事ばかりを考えていて、姉がいなくなったことでその周りがどうなるかなんて気にもしていなかった。


「あ、あの…。すみませんけど、どなたでしょうか?」


「ああ、ごめんね。私は3年の森岡恵梨花もりおかえりかよ。姫とは親友なの。よろしくね」


「は、はぁ。宮野九重です。そ、それで、何かご用でしょうか?」


「あなた、姫の弟でしょ?今姫がどうしてるか教えてくれない?」


「姉は、その、留学中ですけど…」


「留学先はどこなの?先生に聞いても教えてくれなくって」


「それは、その…(どう答えればいいんだよ!?姉ちゃんはどこにいることになってんの!?)」


「教えてくれたらぁ、お姉さんがイ・イ・コ・ト、してあげるかも?」


「恵梨花ぁー!!人の弟に色目使いやがってぇー!九ちゃん!これからお姉ちゃんが言うことをそのまま恵梨花に伝えて!」


「(え?あぁ、うん)」


「そのことなんですけど、森岡先輩。実は僕もよくわかっていなくて。いくつかの国を渡るってことは知ってるんですが…」


「そうなの?姫から連絡は?弟大好きな姫のことだから、連絡なし、なんてことはないよねぇ?」


「それが、無いんですよ。落ち着いたら絵葉書でも送るからとは言ってましたけど」


「本当にぃ?」


 森岡先輩は、俺の頬に手を当て、親指で唇を撫でてくる。動きが妙に艶かしいんですが、そういうの苦手なんでやめてください。


「ほ、ホント、ですよ?」


「お姉さん、嘘をつく子は好きじゃないなぁ」


 なんていいながら、ずいっと顔を近づけてくる。近すぎて視線が痛い。ジリジリと穴が開いていっているような感覚だ。まあ、気のせいなんだけど。


「ちかーい!近すぎー!離れなさーい!こうなったら容赦はしない!九ちゃん!」


「えっと、森岡先輩は不安なんですよね?親友である僕の姉が何も言わずに行ってしまったことが。もしかして、親友だと思っていたのは自分だけで、向こうはそうは思ってないのかもって」


「ち、違うわっ!私は別に、不安になんて…」


「違いませんよ。その、森岡先輩は不安なんです。だから、何か情報を聞き出そうと、無理をして年上ぶってみたり、色仕掛けをしてみたりしてるんですよね?」


「時間を取らせて悪かったわね。私、もう行くから」


「待ってください!」


「きゃっ!!」


 自分の教室へと戻ろうとする森岡先輩の手を握り、グッと引き寄せる。一応の弁明をしておくとこれらの俺の行動は、俺の意思によるものでは全くなく、姉の指示に従っているだけなのだ。この場においては姉の指示に従うことがベストだと判断したので、従っているだけである。勘違いされぬよう。


「ちょ、ちょっと。どういうつもり?離してくれない?」


「森岡先輩は不安になることなんてないですよ」


「え?」


「不安になることは全然ないんです。親友だからこそ、何も言わなくても分かってくれると思ったんじゃないですか?」


「…そうだと、いいんだけど」


「家で姉が友達の話をするときは、必ずと言っていいほど森岡先輩の名前が出ましたし、一番仲のいい友達だって言ってました。弟の僕も事情を詳しく聞いているわけではありませんから、きっと急なことだったんで、連絡ができなかっただけだと思いますよ?」


「姫が?…そうなんだ」


「それに、こんなに魅力的な森岡先輩ですから、僕が姉と仲良くしてくださいってお願いしたいくらいですよ」


「そ、そうかな?そういわれると照れるかも、なんて」

 

「ちょっと九ちゃん!?お姉ちゃんそんなこと言ってないけど!?」


 そう。姉の言う通り、姉と仲良くしてください云々は俺の独断である。姉はそんなこと言わなくとも森岡先輩を説得できると考えたのだろう。それは正しい。しかし、説得するのが姉である場合において、という条件が付随する。


 コミュニケーション能力の権化ともいえる姉と、表情筋が肉離れを起こしているかのように表情が乏しく、友達が少ない俺とでは、たとえ同じ言葉を使っても、表情や声のトーンなどで与える印象が変わってくる。

 

 なので、少し言葉を付け加えたのだ。多少寄り道しても、結果的に最短ルートとなるように。


「もし姉から連絡があれば、森岡先輩に連絡するように言っておきますね。すみませんでした。あまりお役に立てなくて」


 そういって、森岡先輩の手を放す。これくらい言えば十分だろう。


「あっ。う、ううん。気にしないで。私こそちょっと冷静じゃなかったかも。ごめんね?」


 ありがとう、弟君。そういって森岡先輩は、自分の教室に戻っていった。一件落着である。


「なんかお前、ジゴロっぽい感じだったな。初めて見たぜ」


 しまった。棚田がいることを忘れていた。めちゃくちゃ恥ずかしい。


「そ、それは、…あの人に絡まれたらああするようにって姉に言われてたんだよ。そう、そうなんだ。だから俺がどうこうというわけじゃないんだよ、今のは」


「はいはい、わかってるって。そういうことにしといてやるよ」


「全然分かってねえじゃねえか!」


 誤解されているような気もするが、問題ないだろう。棚田だし。


「恵梨花と仲良くなってどうするつもりなの?九ちゃん?」


 ジト目で俺を睨み付けてくる姉。


 俺は別に森岡先輩と仲良くなろうという気はなく、仲良くなったつもりもない。仲良くなってないよな?むしろ、もう2度と会わなくてもいいように、恥ずかしいのを押して頑張ったつもりだったんだが、姉にはそうは見えなかったらしい。


「九ちゃんにそんなつもりがあろうとなかろうと、恵梨花はどうかわからないでしょ?」


「(そりゃ完全には分からないけどさ、でも仲良くなったのは姉ちゃんと森岡先輩の仲だろ?)」


 親友のと間の関係に、知った風に口を出されたのが嫌だったのだろうか。


「ああ、もう。全く九ちゃんは」


 教室に戻ると、秋山さんはもう俺に対して何かしてこようとはしなかった。諦めてくれたんならいいけど。


「いったん引いて、九ちゃんの方から近寄らせる作戦なんじゃない?」


 本当にそういう作戦ならば、俺から近付くつもりはないので、一件落着となるのだが、まだもう少し様子を見ておくとしよう。


「宮野、今日はこの本を図書室に返しておいてくれ」


 午後の最後の授業が終わろうとしている頃、教師は俺にそう言った

 

「え?」


「いやな、昨日頼んだ資料の片づけがきれいにできてたから今日も宮野に頼もうかと思って」


 仕事にケチをつけられて、ほかの仕事を押し付けられないようにと、完璧にこなしたのがあだとなった。

ふざけるな!仮にも教師が正直者がバカを見る世界を創り出してんじゃねぇよ!


「こいつ、九ちゃんが何も言わないからって、調子に乗りやがって!呪うぞコラ!」


 物騒なことを言う姉。何?幽霊ジョークなの?呪うったって、いったいどうするつもりなのか知らないが。


「1日に抜ける髪の量を倍にしてやる」


 やめて差し上げろ。最近かなり悩んでるらしいから。そもそも、そんな呪いをかける力があるのだろうか?


「あいつの机に髪の毛を毎日少しずつ増やして置いとけば、近いうちにそうなるでしょ」


 これ以上は何も聞くまい。というよりも、クラスメイトが俺の方を向いて、仕事を受けるかどうかを見ているのだ。早く答えて視線を散らさなきゃ、どうにかなってしまう。


「わかりました」


「そうか。頼んだぞ」


 断ったら話が長引きそうだったし、これ以上視線に耐えきれそうになかったので、不承不承了解した。本を返すだけならばそう時間はかからないだろう。なんて、自分に言い訳をしながら。


「つくづくお人よしだよなぁ、お前は」


 棚田は他人事だと思ってにやにやしてやがる。


「それじゃあ、お前はお人悪しだな」


「何だよそれ?」


「飢えている人の目の前にステーキを持ってきて、見せつけながら食べるような奴、つまりお前のことだ」


「そんなことするかっ!」


「え?しないの?」


 なんて、意味のない冗談を交わした。


「まあ、今日も頑張ってくれたまえ。俺は帰るから」


「ああ、じゃあな」


 教室を後にした棚田に続き、俺も教室から出ていく。しかし、行先も棚田に習うわけにはいかず、図書室へと向かう。本を持って。


「棚田君の言う通り、九ちゃんはちょっとお人よしすぎると思うな」


「(断ることが了解するよりも恥ずかしくないときは、きっちり断るから大丈夫だ)」


「そういうことじゃなくて、まぁ、九ちゃんがそれでいいって言うならいいんだけど。でも、行ってくれれば、いつでもお姉ちゃんが守ってあげるからね?」


「(どうも、有難う存じます)」


 姉と話しているうちに、図書室に着いたのはいいのだが、カウンターに誰もいない。本棚の整理でもしているのだろうか?大きな声を出すのは、図書室のマナーに反するし、何よりも恥ずかしいのでやらない。委員会の人を探してみることにする。


 我が校の図書室はそれなりの広さがあり、本棚も高いので、本棚の間を一つ一つ確認しなければ、人を見つけられない。


「あ、九ちゃん危ない」


「きゃっ!!」


 次の通路を確認しようとしたときに、人とぶつかってしまった。これまた女の子のようである。


「ごめんなさい。大丈夫ですか?」


「いえ私こそよく前も見ないで、すみませんでした」


 と深々と頭を下げる女子。どうやら同じ学年のようだ。見たことはないが。


「もしかして、図書委員ですか?」


 図書室の中はすでにほとんど見て回ったが誰もいなかったので、おそらくこの子が図書委員だろうと半ば以上の確信を持って聞いてみる。


「はい。あ、もしかして返却でしょうか?すみません。今日は私しかいなくって」


 この広い図書室に委員が1人しかいないというのはどうなんだろう。しかし、利用者もいないのだから丁度いいのかもしれないと思い直す。


「………あの、えっと。なんていえばいいのか…」


 こちらを見つめながらもじもじとする図書委員。あまりこっちを見ないでほしい。恥ずかしいから。トイレにでも行きたいのだろうか?だとすれば俺はどうすればいいのだろうか?今、本を渡してすぐに帰ってしまうのがいいのか。それとも、しばらく本を見てるからお仕事を続けてください、というのがいいのだろうか。


 なんてことを悩んでいた俺は全く的外れで、杞憂だった。この瞬間を、被害が最小限になるタイミングだと判断せず、行動しなかったのは、偶然だった。


 いや、無意識のうちに分かっていたのかもしれない。


 彼女の眼が俺の顔ではなく、その後ろにいる姉を見ていたことに。


「申し上げにくいんですけど、…女の人の霊が憑いてますよ?」



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