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守護霊

「結構遅くなっちゃったなぁ」


 授業中にばっちり熟睡した俺は、授業で使った資料の片づけを言い渡され、それが終わるころには辺りは薄暗くなり始めていた。


「九ちゃんが授業中に居眠りなんかするから」


「耳元で羊を数え続けてた人がそれを言いますかね?」


 自分だって熟睡してたじゃないか。


「姉ちゃんは明日も俺についてくるわけ?」


「お姉ちゃんは九ちゃんの守護霊だからね!」


 何をいまさらそんな当たり前のことを聞くのだ、という顔をして答える姉。空腹や睡魔からは守ってくれなかったくせに。


「俺としてはあんまりついてきてほしくないんだけど…」


「えぇー、九ちゃんってば反抗期?」


 そういうわけではないんだけど、家ならともかく学校でも姉と一緒というのは、できれば遠慮したい。


「でもさ、お姉ちゃんが一緒の方がいいことあるかもよ?」


「例えば、こういう時とか」


 どういう時だ、と答えようとした瞬間。


ぞくっ


 背中に冷たいものを入れられたように、一瞬で体がこわばる。殺意を向けられるというのはこういう感じなのだろうかと思った。平和な日常を過ごしている人間は味わうことのないであろう感覚。


 しかし、俺はこの感覚に覚えがあった。その時はそれどころじゃなくて、その感覚がどこからくるものかなんて、それによって自分がどうなってしまうかなんて、全く考える余裕がなかったけれど。


 でも、もう一度味わうことではっきりと思い出すことができた。


 この感覚を味わったのはつい昨日のこと。あれほどの圧迫感はないにしても、例の化け物を目の前にした時と同じ感覚である。


 姉を殺した化け物を目の前にした時と。


「もしかして、昨日の奴が?」


「そうじゃないみたい。昨日のは確かにやっつけたから。これは昨日のよりもだいぶ小さいやつだと思う」


 昨日ほどではないにしろ、細く薄暗い路地の奥から確かに感じる。俺の額には冷たい汗が流れ、両足は小さく震えていた。


「ど、どうする?」


「放っておくわけにはいかないからね。とりあえず行ってみよう。大丈夫。いざとなったらお姉ちゃんが守ってあげるから」


「そうはいっても…」


 頭の中を駆け巡るのは昨日のこと。正直あんなことは2度と御免だ。


「怖がらなくても大丈夫。お姉ちゃんは九ちゃんの守護霊だから!」


 決め台詞にするつもりなのだろうか。相当気に入っている様子である。


「それに被害が出る前に止めなくちゃ、ね?」


 本当はすぐにでも家に帰りたいのだが、放っておけば昨日のようなことどころか、何が起こるか分かったものではない。俺は、しぶしぶ半分、恐る恐る7割で、キャパシティをオーバーしながら、薄暗い路地へと足を踏み入れた。


「…そこを右に曲がったところみたいね。気を付けて」


 確かに姉の言う通り、T字路の突き当りの右から嫌な感じがする。ただ、気を付けてと言われたところで俺にできることはここから走って逃げること以外無いように思える。


「対象が視界に入ったら、何でもいいから動きを止めれるようなものをイメージするの。動きを止めることが出来たら締め付けて、破壊するの。分かった?」


「………もしかして俺がやるの?」


「そうだよ?お姉ちゃん体ないし」


「さっきは守ってあげるとかなんとか…」


「お姉ちゃんの力を貸して、守ってあげるけど?」


「いや、俺には無理でしょ…」


「大丈夫。この力はイメージを形にする力だから。ほら、九ちゃんって妄想たくましいじゃない?」


 そんなのはとんだ言いがかりだ、なんてそんな反論をする余裕は、早々に逃げ出してしまっており。


「ほら、こっちに来たよ?」


 振り向くと、中型犬くらいの大きさの4足歩行の化け物が、交差点へと入ってくるところだった。黒い体で、境界線は靄がかかったようにあいまいで、頭部には赤黒い目が光っていた。まだこちらには気付いていないようで、そのまままっすぐ交差点を横切ろうとしている。


 俺は、人より臆病で恥ずかしがり屋ではあるが、しかし、そうであるがゆえに、人一倍の決断力を持っている。大きな失敗を恐れるからこそ、自分が受ける被害を最小限にするタイミングを瞬時に見定め、瞬時に行動する決断力が必要となるのだ。


 だからこそ、相手がこちらに気づいていない状況で、こちらは相手を視認しているというタイミングを逃すはずはなかった。


 矢をイメージする。同時に目の前に、白く光る矢が現れ、思い描いた通りの軌道を描き、狙った場所を寸分の狂いもなく射抜く。白く光る矢は化け物の右前足を貫通し、そのまま壁に縫い付けた。


「グァァ、ギャァァァァァ」


 化け物は叫び声をあげ一瞬ひるんだものの、貫通した矢を食いちぎり、こちらを向く。右前足に空いた穴はみるみる塞がっていく。


 しかし、だからと言って、攻撃が化け物の動きを止めることができなかったからと言って、ひるむということはない。常に今この瞬間が、逃してはならないタイミングなのだ。


 矢より太い杭をイメージする。再び右前足を壁へと縫い付ける。そして止まることなく左前足。頭部。首。打ち付けていく。胸。腹。背骨。磔にしていく。右後足。左後足。尻尾。


 さらにもう1巡、頭から空いているスペースをを串刺しにしようとしたところで、犬型の化け物はその体の形が崩れ始め、黒い靄となって消えてしまった。


「あぁー、怖かったー。今ので寿命がかなり縮んだよ!どうしてくれるんだ、俺の余生を!」


 俺は後ろで浮いていた姉の方を振り返り、ため息交じりに文句をもらす。姉は機嫌がよさそうににこにこしていて、ほら、お姉ちゃんの言った通り大丈夫だったでしょう?と言わんばかりの顔をしている。


「寿命なんてトラックに轢かれたらそれで終わりなんだから、考えるだけ無駄だよ?」


「幽霊が寿命の話をするなんて…」


「それに、九ちゃんは絶対長生きするから大丈夫!」


「また根拠も何もないことを」


「根拠は…、お姉ちゃんの勘!」


「…それは女の勘と何か違うわけ?」


「愛があります!」


 それがなんだというのだ。愛があれば未来のことがわかるというのならば、世の中はもう少しうまく回っているはずである。


 なんてことを考えていると、


「宮野…くん?」


 背後から声をかけられた。女子の声である。


 驚き振り返ると、女子のような男子だったということはもちろんなく、ちゃんと女子だった。


 というか、秋山さんだった。


 俺、今ものすごいデジャヴを感じています。


「宮野、…君?今のは、一体、…どういうことなの?」


 なんてことだ。さっきの出来事を見ていたと申されるか。

 

 というか、あの化け物普通の人には見えないんじゃなかったけ?ということは、彼女が聞きたいのは俺が一人で会話をしていた理由ってことか?あなたはいつからそんなに頭がおかしくなったのって聞いているってことですか?


「いや、この子にも見えてたみたい(というよりも、この子が襲われそうになっているところに割って入った形になったみたいね。面白そうだから黙っておくけど)。」


「(ということは、姉ちゃんのことも見えてるの?でも、学校ではそんな素振りは…)」


「私のことは見えてないみたい。霊感がないわけじゃないけど、中途半端みたい。それで、どうするの?見られてたみたいだけど」


「(説明して納得してもらえるとは思えないし、そもそも説明できると思ってないよ)」


「それはそうかもね」


「(だから…)」


 俺は全速力で走りだし、その場から逃げだした。


「え!?ち、ちょっと!?」


 まさか逃げるとは思ってなかったらしく、あっけにとられる秋山さん。その隙に距離を広げ、何とか逃げ切ることができた。もしも、しかし回り込まれてしまった。なんてことになったら打つ手がなくなるところだった。あぁ、よかった。一安心。


「逃げたのはいいんだけど、明日学校でまた会うんでしょ?どうするつもりなの?」


「うーん。明日になったら記憶が無くなってるとかないかな?」


「九ちゃんがそうして欲しいって言うなら」


 物騒なことを口にする姉。どうするつもりだ。命が亡くなるってことは、記憶がなくなるってことを含むよね?とか言い出しそうな雰囲気である。姉は仮にも幽霊。全くシャレになってない。


「どうやるかは、ナイショ」


 笑顔でウインクする姉。だからそういうのが怖いんだって。


 それはさておき。


 今日は大変な日だった。それを言えば、昨日の大変さは今日の比ではないが、それはそれとして。明日に残した不安要素もあるが、この俺宮野九重は、宿題は直前まで手を付けないタイプである。明日のことは明日どうにかすればいいだろう。今はそのタイミングではない。


「でも、お姉ちゃんが一緒にいて助かったでしょう?」


「それはそうだけど、今日は特殊なケースだろ?毎日化け物と会うわけじゃないだろうから、常に一緒にいる必要はないと思うけど」


「言い忘れてたけど、九ちゃん生まれつきあの化け物を引き寄せる体質だから。今までは私が倒してたからよかったけど、これからは今日みたいなことが続くと思うよ?」


「何だよその体質…。迷惑なだけじゃないか。その上戦闘力はないなんて、それでカッコつけてるつもりか!」


 それよりも。


 これまでずっと、姉ちゃんが俺のことを守ってくれてたのか…。俺は姉ちゃんが死ぬまで、いや、直接そうだと言われるまで、俺は力になるどころか守られっぱなしで、気づくことさえできなかったのか…。


「姉ちゃん、今までありがとう」


「………」


「そして、これからもよろしくお願いできるかな?」


「もちろん!かわいい九ちゃんのためだからね?お姉ちゃん頑張っちゃう!」


 どうやらしばらくは姉とべったりの生活になりそうである。俺は姉が死んでからの方が仲良くできているような気がした。いつも近くにいるようでいて、俺と姉との間には距離があったのかもしれない。だからと言って、幽霊との方が仲良くなれるというのはどうかと思うが。


「九ちゃん、お姉ちゃんのこと好き?」


「…嫌いじゃない」


「きゃー、もう!九ちゃんの照れ屋さん!」

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