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霊告

「宮野君、おはよう」


 高校への道のりを歩いていると、後ろから声をかけられた。女子の声だ。


「あ、お、おはよう」


 振り返ると、声の主は女子のような男だった、なんてことはなく、どこから見ても女子だった。クラスメイトの秋山沙織あきやまさおりである。


「どうしたの?あんまり元気がないけど…」


「ああ。ちょっと寝不足、かな…?」


 秋山さんは、俺に話しかけてくれる数少ない(唯一ではない、…はず)女子で、クラスでは輪の中心に位置している、というよりも秋山さんを中心に輪ができるといった感じである。俺とは同じ教室に居ながらにして違う世界に生きているのだ。


「だからって授業中に寝ちゃだめだよ?私は部室に寄っていくから、また教室でね」


「ああ、うん」


 駆け足で行ってしまった。あまり時間がなかったのだろう。だとすると、わざわざ俺に話しかけてきたのはどういうわけなのか。


 まず理由として考えられるのが、俺が多少時間がなくとも人として捨て置けないほどひどい顔をしていたということ。


 しかし、思い出してほしい。声をかけられたとき、秋山さんは俺よりも後ろにいたではないか。それに、朝からしっかりと鏡は見てきたので、背後に何か浮いてはいたが、目に見えてひどい顔をしているということはないはず。つまり、秋山さんはひどい顔をした人に声をかけたのではなく、俺と会話するために声をかけたということになるのではないか。


 …ちょっと困るんですけど。


 いや、結論を出すにはいささか考察が浅すぎる。ここはほかの可能性歩考慮するべきだろう。


 次に考えうる可能性として、クラスメイトである俺に対する礼儀として挨拶くらいはしておこうと、声をかけたというパターンが挙げられる。秋山さんは、クラスメイトが欠席すれば、心配して先生に事情を聴きに行くくらいの善良な人間なのだ。まぶしくて直視できない。


 とはいえ、俺自身が意識していなかったほどの小さな不調を、一目見ただけで見抜いてしまうというのはどうなのだろう。それは果たして礼儀の範疇なのだろうか?


 もしかして、


「そりゃ、わかるよ。だって、…その、いつも見てるし…」


的な展開なのだろうか!?


 いや、それはないにしても、目立つことを避けたい俺としては、無視はしないが進んで声をかけるほどではない位の立ち位置にいたいのに、これはゆゆしき事態である。


 思えばこれまでも、秋山さんはちょくちょく俺に話しかけてきてくれていた気がする。相手はクラスの中心にいる秋山さん、一方俺は教室の隅に溜まるゴミのような存在として、隅に溜まった者同士つるんでいたので、最低限度以上の関わりを持つことはないだろうと思っていた。それこそ罰ゲームでもない限り俺みたいなやつに話しかけるなんて………。


 罰ゲーム。


 あぁぁぁ!忘れてたぁー!考えてみりゃ一番可能性が高い展開じゃねえか!何が考察すればするほどだ。俺みたいなやつが話しかけられる用事なんて、罰ゲームか罰ゲームって相場が決まってるじゃねえーか!


 はぁ。もし本当に、秋山さんが罰ゲームで俺に話しかけてきたのだとしたら、罰ゲームの対象として挙げられるくらい目立っているということになるので、今後学校での振る舞いを考えなければなるまい。


 何で罰ゲームの対象になってんだよ俺は。まあ、もし俺が秋山さんだとしても、俺みたいなやつには進んで話しかけようとは思わないだろう。だとしても、実際罰ゲームの対象として真っ先に名前が挙がるほど俺は目立っているのだろうか。だとしたら恥ずかしくて死んでしまう。


 …もし死んだとしても、幽霊としてこの世に残るなら、永遠に恥ずかしさを味わい続けることになるではないか。だとすれば眠り続けたい。決して目覚めず、幽霊にもならず、ただ生命活動が停止していないだけの存在になりたい。何も感じず、何も思わない、モノになりたい。


 ………


 まだ学校は始まっていない。登校の時間である。


 そもそも罰ゲームは、罰ゲームをする人を決めて行うものである。そのため、昼休みや放課後など学校が始まって時間がたってから行われるというのが通常である。


 しかし、今は始業時刻前。罰ゲームをする人を決める時間があったとは思えない。


 仮に、昨日決まった罰ゲームを今日に持ち越したのだとしても、誰も見ていないのでは罰ゲームの意味がない。あの時周りを歩いていた生徒たちは何のリアクションも見受けられなかったし、クラスメイトはおろか、秋山さんの知り合いさえいなかったことは、秋山さんが挨拶した人物が俺以外にいなかったことからも明らかである。


 もしかすると、一番あり得ないと思っていたが、これはラブコメ的な、そういう展開なのだろうか。だとすると、恥ずかしすぎて生命活動が停止してしまうかもしれない。


 俺みたいな存在が、まるでまともな人間みたいに青春を謳歌するなんて、それこそ笑えるどころの話ではない。勘違いに決まっている。そうだと思いたい。


「うん。勘違いだよ?」


「うわぁお!?」


 突然耳元で声がしたので、驚いて大きな声が出てしまった。いつも冷静沈着を売りにしていく予定の俺としては、大きな失態である。誰かに聞かれなかっただろうか?俺は辺りを見回す。


 幸い俺のすぐ後ろにいた、空中を漂っている姉以外に聞いていた人はいないようだった。


 なぜか姉がいた。


「………いつからここに?」


「えーと。『あ、おはよう』くらいからかな」


「………留守番は?」


「だってお姉ちゃん幽霊だから、留守番しててもできることなんて何もないでしょ?電話とったりできないし」


「………」


「それにお姉ちゃんは九ちゃんの守護霊だからいつも一緒にいなくちゃ、ね?」


「ね?じゃねえよ!盗み聞きするなよ!俺の守護霊なら俺の言ったことくらい守ってくれよ!何が悲しくて実の姉同伴で登校しなくちゃいけないんだよ!恥ずかしいだろ!」


「もう、九ちゃんったら照れ屋さんなんだからぁ。でも大丈夫だよ?私の姿や声は普通の人には認識できないから」


「そういう問題じゃないから」


「でも、お姉ちゃんに話しかける九ちゃんの声は、周りに聞こえてるから気を付けてね」


 なんだとぉ!周りを見ると、さっき確認した時にはいなかった同じ高校の生徒が、こっちを見ていた。と、思ったらすぐさま目をそらされてしまった。


「ありゃー、災難だったね。朝から変人扱いされるわ、変な勘違いに翻弄されるわで。九ちゃんお疲れ様。でも今日という日はまだまだ始まったばかりだぞ?」


 俺を見ていた生徒の中に、知っている顔がいなかったことは幸いだった。クラスメイトなんかに見られていたら、俺は通い慣れた通学路でたまたま迷子になり、たまたま家にたどり着いていたかもしれない。


「(今、勘違いに翻弄されていたとかなんとか言った?)」


「だって翻弄されてたでしょ?どう考えても勘違いなのに」


「(何故そう言い切れる?もしかしたら勘違いじゃないかもしれないだろ?というかどこが勘違いなんだ?)」


「はぁ。仕方ない。女の子であるお姉ちゃんが、男の子の九ちゃんに説明してあげます」


「まず、あの子。沙織ちゃんだっけ?あの子みたいな友達が多いタイプの子は、おはようって声をかけて、髪切った?とか宿題終わった?とか、ちょっとした世間話まで含めて挨拶なの」


「(俺の体調が万全じゃないってわかったのは?)」


「それは、九ちゃんみたいに話しかけられても、ぼそぼそっとしたはっきりしない返事しか返さなかったら、誰だって体調が悪いのかなって思うよ」


「(挨拶されたのが俺だけだったのは?)」

 

「それはもう、九ちゃんだってわかってるでしょ?そのときいた生徒の中に知ってる人がいなかったんだよ。九ちゃんは特別なわけじゃなくて、みんなにああいう態度なんだと思うよ?」


「(…そうだったかもしれない。ということは、俺が目立っているかもしれないという心配は全く的外れだったということか。ラブコメ方面に展開する可能性は?)」


「微塵もないよ?」


 ひどい!冷酷だ!いくらなんでも冷たすぎるじゃないか!嫌われてはいないみたいだから、これから次第かなぁ、くらいは言ってくれたっていいじゃないか!俺じゃなかったら泣いてるぞ!そんなんじゃ友達できないぞ!


「それは九ちゃんだけには言われたくないかなぁ?」


 俺だって友達がいないわけじゃねえよ!多くはないだけだ!というかさっきから出てくる言葉が鋭すぎるんですが。それともなにか?幽霊はみんな冷酷なのか!?


「お姉ちゃんは幽霊だから霊告、なんちゃって。でも、死体は冷たいからね。九ちゃんの言う通り、それはあるかもしれない」


 そんなわけがあるか!それと、恥ずかしい勘違いが俺の頭の中から言葉や行動として出てこない限り、ぎりぎり耐えられるレベルの恥ずかしさだから、そういうときはわかっていても黙って見守るのが優しさというものだろ?


「…分かったよ。これからはそうするね。九ちゃんごめんね?」


「(分かればいいんだけど…。あと、心を読むのも無し!地の文と会話されたら、俺がカギカッコつけて声に出さずにしゃべってる意味がないじゃないか)」


「なるべく気を付けます」


「(それじゃあ、これから家に帰っておとなしく留守番してること)」


「それはできないかな?」


「(なんでだよ!これで話し合いは終わりって雰囲気だったろ?)」


「だってお姉ちゃん守護霊だから。お留守番は地縛霊の仕事だもの」


「(それじゃあ、俺を空き巣被害から守ってくれればいいから。俺はもう学校に行かなくちゃ。ほら、もうみんな急いで………いない?)」 


 急いでいる生徒どころか、登校している生徒さえいつの間にかいなくなっていた。恐る恐る携帯で現在時刻を確認する。


 始業3分前だった。


 全力で走る俺。鼻歌を歌いながら宙に浮いて後をついてくる姉。姉を家に帰すために説得をしているような時間じゃない。朝から一人で会話しているところを見られているのだ。遅刻などという目立つ行動は何としても避けなくてはいけない。


キーンコーンカーンコーン


 遅刻した。


 誰にも気づかれずに教室に入ることができたとか、担任が病気で休みとか、そんなことは全くなく。ばっちり遅刻した。姉同伴で。


「(どうして時間のこと教えてくれなかったんだよ?)」


「だって九ちゃん、言ってたじゃない?分かっていても黙って見守るのが優しさだって」


 分かってたのかよ。


 やっぱり幽霊は、冷酷だ。

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