表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/25

通例

 目覚ましのアラームで目を覚ました俺は、眠たい目をこすりながら階段を下り、顔を洗いに洗面所へ向かう。


 俺、宮野九重みやのここのえは今年で高校2年になる。自分で言うのもなんだが、少し人見知りな部分があるものの、これまでの人生を、普通に楽しく過ごしてきた。昨日までは。


 昨日、得体の知れない化け物と戦い、大きなけがをした俺の姉、宮野一姫みやのいちひめは、救急隊が素早く駆けつけ、適切な処置をしてくれたものの、再び目を覚ますことはなかった。詳しい事情を聴かれたが、分からないとしか答えることができなかった。化け物にやられて、その化け物は消えただなんて言っても、真面目に聞いてもらえるとは思えなかった。


 俺が今日もこうして目を覚ますことができたのは、まぎれもなく姉が守ってくれたからで、姉が文字通り命を懸けて守ってくれたこの命を、大切にしようと思った。


 それが、いつも見守っていると言ってくれた姉に対して、俺ができる唯一のことだと思った。


 いや、そう思っていた。


「いや、見守ってるってそういうことじゃないだろ!」


 俺は、洗面所の鏡に映る自分、の後ろで宙に浮いている姉に対して怒鳴った。


「え?でも、ほらっ。ちゃんと見守ってるよ?」


 じー、と効果音でも聞こえてきそうなほど、俺を睨み付ける姉。


 姉は死後、俺を守るために守護霊として、この世に戻ってきたらしい。俺はよく言われるところの、幽霊に憑かれている、という状態らしい。


 今の姉は基本的に俺以外には見えないし、声も聞こえないらしい。まれに、霊感が強い人にも見えることがあるらしい。ちなみに、足は生きているときと同じように生えている。


 このことを両親に話すかどうかかなり迷っていると、俺の心を読んだ姉が、


 「お父さんとお母さんにも見えてるよ?」


 などというので、打ち明けることにした。


 そもそも宮野家は、あの得体の知れない化け物と代々戦ってきたらしい。あの化け物は普通の人間では視認することができず、俺に見ることができたのは、宮野だからということらしい。しかし、俺は戦闘能力がないので知らされずにいた、らしい。

 

 もともと、俺が今の状況を話して聞かせるつもりだったのに、とんでもない話を聞かされる羽目になってしまった。全く理解が追い付かず、さっきから語尾は、らしい、しか使っていない。


「それは九ちゃんの語彙力の問題かなぁー?」


「やかましい。それだけ事態を呑み込めてないってことなんだよ」


 これだけの話を聞かされて、人生で最高あるいは最悪の混乱のさなかにある俺に対して、両親は一切手を緩めることなく、怒涛の勢いで畳み掛けてきた。


「お前が見たあの化け物。あれを相手にしているとな、うっかり死んでしまうなんてことも少なくないんだ。現に今までに母さんは2回、父さんは3回死んでる。つっても、魂さえ残っていれば、代わりの体を用意してやれば無事元通りってわけだ。とはいえ、一姫はやられることはないだろうと思っていたから少し驚いたよ。というわけで、父さん、母さんと一緒に一姫の体を用意するために、少し家を空けることになるから、ケンカせず仲良くやるんだぞ?じゃあな」


 誰か、助けて…。


「大丈夫!お姉ちゃんに任せなさい!」


「俺はあんたから守ってほしいんだよ!俺が持っていた世間一般の常識ってやつを!」


「でも、知ったからって何かが変わるわけじゃないでしょ?ずっと一緒よ?今までも、これからも」


「変わるだろ!3回死んだ人間とか、それもう人間じゃねえだろ!?怖いわ!」


「九ちゃんひどい。お父さんに対して、人間じゃないだなんて」


「人間は1回死んだら死ぬの!生き返るなんてことはない!」


「ちっちゃいなぁ。男なら、『へぇそうなんだぁ、面白そうだね』くらいの度量がないとモテないぞ?」


「はいはい、どうせ俺はモテませんよ。てか、面白そうだね、も十分ひどいだろ!絶対話聞いてないよそいつ」


 しかし、姉の言うことは正しい。何を知ろうと、世界は何も変わりはしないのだ。例え化け物に襲われたり、幽霊に憑かれたり、両親がお買い物に行っても、学校に行かなくてよくなるわけではない。


「そろそろ時間だから、学校行ってくる。留守番よろしく」


「え?ちょっと待って!?お姉ちゃんも…


バタン!


 姉は俺の一つ上で、今年で高校3年になる。同じ高校に通っている。いや、通っていた。死んでしまったことは友人や学校には伏せられていて、急な海外留学ということにしたらしい。何だそれは。運ばれた病院にも姉の記録は残っていないとのこと。世の中って怖い。


 しかし、変わらない。これまでと同じように家を出て、これまでと同じ通学路を通って、これまでと同じ学校へと行く。


 そうして、これまでと同じ俺の日常、俺の一日が始まる。


 はず。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ