追う人待つ人逃げる人(辰卯巳 NL)
辰×卯×巳の三角関係NLです。
卯主人公。
走る。跳ぶ。駆ける。
ヒュウヒュウと耳を過ぎる風がバサバサとスカートを捲り上げ煩いけれど構っていられない。放課後の淡い金色の光が降る廊下を私はひたすらに走る。
時折通りすがりのクラスメイトや部活仲間が囃し立てるのに苛立ちながらもそちらを見もせず兎に角足を動かす。
教室を。廊下を。校庭を。
足跡を付けなかった場所等無いという程この学校を毎日駆けずり回る私を最早叱る事もしない先生達。私には誰かにぶつからないよう、周りの生徒には走る私に気を付けるよう声を掛けるだけになっている。
「こら待て先輩!」
「うるさい!誰が待つもんですか!」
こんなに必死に走り回らなければならない原因の奴が足音荒く追いかけてくる。
校内でトップレベルの俊足を誇る私に追い付ける訳がない。けれどどんなに差が開こうと、見失おうと。暫くすれば確実に私のいる方向へ走りしつこく追い回すこの後輩の頭には諦めという字は無いようだ。その執念深さにはいっそ頭が下がるわ。
「捕まえたら付き合ってくれるんですよね!」
「だっれがそんなアホなことぬかしたぁ!」
追いかけっこで後輩が私を捕まえられたら付き合う、なんて。交わした覚えの全く無い一方的な約束の為に毎日飽きもせず放課後こうして鬼ごっこをする羽目になった私は、最近部活に行けていないのにタイムだけは上がっている気がする。
扉を開き。窓を開け。時には閉め。音を立てて進んでは静かに戻り。全力で駆け抜けたと思わせてどこかに身を潜めたり。
どんなに人や障害物でごった返していてもスルスルと間を通り抜けて走りよってくる後輩から逃れる為に無駄に上がる逃げのスキルを友人達は面白がって賞賛するが、こんなのいったいなんの役に立つだろうか。
「っは……、ふ」
いい加減、息がやばい。
しかし小さく細いあの後輩は、スピードは無いくせに無駄に体力と探知能力だけは高いのだから今力尽きてしまうとまずい。乱れそうになる呼吸を必死に留め、人気の無い板張りを出来るだけ音無く駆ける。そして後ろから聞こえる音との距離を図って適当な部屋へ飛び込んだ。
バタバタと離れていく足音に漸く撒いたかと細く短く呼吸を繰り返す。校内でも奥まった所にある準備室は校庭からも遠くしんと静まりかえっていた。だいぶ埃くさいがやっと訪れた安息に落ち着きを取り戻す。いったい全体あの後輩は何が面白くて私を追い回すのか。何を考えているのかさっぱり分からない、と肩を落とす、と。
「やぁ、いらっしゃい」
「……っ、っ、せ、先、輩……っ」
なんでいるんですか。
日も殆ど落ちかけ薄暗い部屋の窓際、長身のスラリとした体躯が床に濃い影を落としていた。
「今日はここに来るかなって予感がして。当たったね」
まだ何も言っていないのに疑問に答えてふわりと笑う先輩は、後退る私へ優雅に首を傾げて見せた。
「今日は何が人質だったのかな?」
「……、財布……です」
「そっか。ごめんね、あいつの我儘に付き合わせて」
後輩を放っといてとっとと学校を去らない理由。
いつの間にやら掠め取られている物を取り返さない事には安心して家に帰られない。それを質に追いかけっこの茶番劇。完全下校のチャイムさえ鳴れば諦めた後輩が返してくれるのだけれど、いい加減追いかけること事態諦めてほしい。
考え事をする内に、何度も注意してるんだけどね、と苦笑する先輩がゆっくりとこちらに近付いてきた。
それから逃げなければと思うのに。疲労からなのかなんなのか足が地に張り付いてしまったみたいで動けない。柔らかく目元を緩めた先輩が手をこちらにのばして何か言おうと口を開く。
「っし!ここにいたっ……と」
「っ!!」
「チッ」
音を立てて開いた扉から勢いよく滑り込んできた後輩はこちらを見た瞬間忌々しげに顔を歪めた。逃げようと重い足をなんとか上げようとしたところ急に前から抱き込まれる。恐々と後ろに振り向かせていた顔を戻せば頭上に先輩の笑顔。小さく息を飲んだ瞬間、今度は後ろから衝撃と強い拘束。
「おい!先輩になにしてやがる!」
「んー。はい、これかな?お財布」
「ちょ、あ!てめぇ何抜き取ってやがる!!」
「……ありがとう、ございます」
なんだこの状況。
前からは先輩。後ろから後輩に挟み込まれた状態で身を縮ませる。そんな私に構いもせず後輩は瞳に鈍い光を煌めかせ口を開いた。
「先輩つかまえた!つかまえたから付き合って!」
「僕が先に捕まえたんだけど?」
「てめぇは先輩と賭けしてねぇだろ!?」
いやいや、あんたともしてないし。あんたが勝手に言ってるだけだし。
先輩も何言って……いや、それよりも頭押さえつけんのやめてください。口塞がれて未だ息切れの身にはしんどいです。
固まる私をそのままに二人は言い合いを始めた。口を挟む隙がスピード的にも物理的にもない舌戦に嫌気が差して意識を窓の外へ移す。
夕闇に沈む裏庭はこことは違って穏やかで。寒々しい風が木々を揺らしている。
とっとと妙に暑いこの部屋をとびだしてあの中を駆け回れたらどんなに清々しいだろう。ていうかもうなんでもいいからここから逃げたいと切に思う。
「……じゃ、どっちがいいか、決めてもらおうか?」
「先輩っ」
「……は?」
いきなり話を振られて頭がクラリと揺れた。なんとか意識を戻せば二人の視線が一心に自分に注がれていて、更に頭がグラグラしてくる。
後ろから覗き込む、キラキラした笑顔の中ギラギラした目が恐ろしい。
前から見下ろす柔らかい表情なのに鋭い視線が恐ろしい。
「さぁ」
「どちらにします?」
前後から逃げないようしっかり捕まえられ動けない。
顔が引き攣って痛いし恐いし帰りたいし。
何を求められているかは鈍いと言われる私でも流石にわかっているがどうしようもなくて。でもどうにかしなければいけなくて。何も言えずに俯いた。
「っ」
「あ!」
「おや」
黙り込んだ私を心配してか顔を見るために二人が拘束を緩めた隙に力一杯腕を振るって間から抜け出す。そしてそのまま振り返ることなく部屋から逃げ出した。
下校を促す放送とメロディが、激しく足で叩く廊下の音を紛らわせてくれるなかを全力で駆け抜ける。こうして逃げるのがいけないのだろうということはわかっていても、二人を前にすると何故か駆け出したくなる衝動にかられるのだから仕方ない。
とにかく今はどちらにも捕まえられないよう逃げまくるのみだと友人の待つ明るい教室へとびこんだ。
『追う人待つ人逃げる人』
「先輩いいんじゃない?かっこいいし優しそうだし」
「後輩くんも一途で可愛いじゃん?」
「人事だと思って!」