喰うもの喰われるもの(寅丑 BL)
寅×丑のBLです。
微グロ注意。
丑主人公。
………
……
…
グチュグチュと、肉が食まれる音がする。ガリゴリと、骨が砕ける音がする。
最早痛覚は脳が切り捨て、ただただ補食されるのを感受するのみ。
長く続いた時間も、遺す体の部位が後僅かになりもう直ぐ終わる。
それでも尚消えない意識を恨みながら自分が食われる音を聴く。
首が、ゴトリと落とされ、ゴロリと転がった。
濁った瞳が映したのは、
…
……
………
「なー、お前、また痩せてね?」
「……そうか?」
「ガリッガリじゃん」
友人がおれの腕を掴んで顔を歪めた。スポーツをやっている友人の大きな手に余る枝のような手首。少し力を入れればポキリと折れそうな貧弱さ。そしてそれは手首だけじゃなく全身が正に骨と皮だけという有り様で。
「頼むからメシ食ってよ」
「……うん」
辛そうな顔でそう言ってくる友人は心底心配してくれているのだろう。それでもきっと食べないのだから、申し訳なさで気が重くなる。
食べたくない。食べられない。
物心ついた頃から、おれはずっと食べるのを拒否し続けている。親に泣かれようと、医者に叱られようと、ずっと。
最低限死なない程度には口に入れるが満腹感を覚えるまで食べた事は無い。たまに栄養失調で点滴を打たれながらギリギリ生きている。
何故、食べないのか。
理由は誰にも話していない。
口にすれば滑稽で。胸に秘めるにはおぞましい。そんな理由。
夢を、見るのだ。
子供の頃からずっと、同じ夢。
おれは草原を歩くふくよかに太った牛で、何も考えず、好きなように生き、好きなように飲み食いし、好きなように眠る。
そこはとても平和な場所で、危険な物など何も無く、悠々自適に幸せな暮らしをしていた。
そんな草原にある日知らない動物がいた。
初めて見る獣の姿に本当は警戒をしなければならないのに、そこがあまりにも平和過ぎたから何も考えずに近付いてしまった。
近付いた瞬間、首に激痛。
何が起こったのかわからないまま引き倒され見上げた先で先程の獣が口を赤く染めて立っていた。
「丸々肥えてて旨そうだ」
そう言った獣はそのままむしゃむしゃとおれを食べ、そうして食べ終える頃になって漸く目が覚めるのだ。
それが理由。そんな理由。
たかが夢と言われるだろうが繰り返し繰り返し見て聞いて感じてきた生々しい世界はおれの頭に、体に、しっかりと染み付いていて。その呪縛から逃れられる気がしない。きっといつか夢の中の牛のようにおれも食べられてしまうだろう。想像でなく確信めいたそれがとてつもなく、恐ろしいのだ。
だから、食べない。
食べたら肉が付く。
太ったら旨そうになる。
旨そうになったら、食べられる。
食べられたくないから食べない。
至極単純な発想。
でも、それにすがるしか自分の生きる術はないと本気で思っているんだ。馬鹿馬鹿しいと思われようとこの考えを捨てる事は出来ないでいる。
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放課後。橙に沈む誰もいない廊下をヒタヒタと進む。図書室で読み物をしていたらだいぶ遅くなってしまった。遠くで部活に勤しむ生徒の声がする。
長く続く廊下に黒い影がゆらゆら揺れる。その様をぼんやり眺めながら階段へと足をかけた時、ふと視線を他所に投げると見えたのは金色の髪をした一人の男子生徒。
目に入れた瞬間、駆け出した。
考えるよりも先に足を動かす。
あれはダメだ。
近付いてはいけない。
捕まってはいけない。
――ダンッ
「やっと見つけた」
食事を抜き、痩せ細った体に腕力も体力もある筈がなく。あっけなく捕まり壁へ押し付けられた。荒く弾む呼吸が落ち着かないままもがき抵抗するが、簡単に抑え込まれてしまう。上から下まで舐めるように見られゾクリと背筋が凍る。恐怖に震え上がりながらもどうにか逃れようと絞り出した声は、なんとも弱々しかった。
「なん、で」
「オマエを喰いたいからだよ」
最後まで言わさず即答で返された言葉に、夢の情景がフラッシュバックする。
獣の臭いと咀嚼音。
光る牙に血の味。
徐々に無くなっていく自分の体。
ガタガタ震える体を両腕で庇い、必死に逃げようと身を捩るが後ろは壁で前からはヤツが固く太い腕で囲い込む。じわじわと滲んでくる涙を拭う事も出来ず、目前にある口を半ば意識を飛ばしながら凝視し戦慄く口を開いた。
「っおれ、は、痩せてて、おいしくない、ぞ」
目の前でニヤリと歪められた唇の隙間から、鋭い歯が白く覗く。思わず仰け反ったその首へ、ガブリと強く噛み付かれた。ヒュッと鳴った喉笛にククッと笑う振動が響く。
「関係ねぇな」
首から離れたヤツがおれの顎を掴み無理矢理目を合わせてくる。
初めて見たヤツの目は、夢の中でおれを食った獣と同じ色をしていた。
『喰うもの喰われるもの』
『捕まってしまったら』
『後は食べられるだけ』